第34話 占い師の裏の顔に対しての感想だよね?

 王都警邏けいら隊が、力尽きたようにぐったりと項垂れ、あるいは倒れ、うずくまり、動くことがままならない様子の神官と禰宜たちを捕縛して占術館の廊下から連れ出して行く。

『薄黄色い魔力』のとばっちりを受けた貴族女性も無事保護されたようだ。

 最初に私と対峙した占い師の女と、案内役だった紺のローブの男は、多少の混乱は見られるものの受け答えが可能とのことで、警邏隊から取り調べを受けることとなったようだ。


「お姉さま!無事で良かったです!!けど、占いを授かりに入られただけでどうしてこんな騒ぎになっているんですか!?僕はお姉さまが心配で心配で……、警邏隊の到着がもう少し遅かったら、僕が飛び込んでいるところでした」


 大柄な警邏隊を掻き分けて、天使が舞い降りた。ちがった、珊瑚色の髪を揺らし、瑪瑙めのう色の瞳を潤ませながらも強気に声を張る健気で可愛いヘリオスが現れた。なんだか色々おぞましいものを見た後だけに、何割か増しで愛らしく見えるわ!


「お姉さまは僕たちの想像を上回る無茶をして、自ら買って面倒事を引き受ける性分なんですから、やりすぎというくらい大人しくしないと、必ず何か引き起こすんですよ!?今日だって占いをしてくるとだけ言っておきながら絶対にそんな事はないと心配していましたがやっぱり僕の想像通り占い以外のことをやって、僕たちの想定外に首を突っ込みましたね?」

「すとーっぷ!お小言は後で聞くし、ウミウシやゾンビで鬱々とした気持ちを、せめて天使の余韻で癒させて―――――」


 天使撤回。ヘリオスは、やっぱり父より厳しい。いつもなら頃合いを見計らって、ヘリオスを宥めに入ってくれるハディスも今は、王都警邏隊の先頭に居た人『隊長』さんとなにやらお話し中だ。


 今や占術館の周囲は王都警邏隊により封鎖され、中から出る事は勿論、外の人間も入る事が出来なくなっており、現場の保存が徹底されて、証拠物件の確保が行われている。


 わたしも警邏隊から「占術館の玄関ホールの一角で、占い師の女性と、案内役の男性の聞き取り調査を行いますから、今回のである貴女も同席をお願いします」って依頼を受けて、心配性のヘリオスと一緒にそちらへ向かった。


「あなたは神官なのですね。そして、もう一人の占い師のあなたは、神殿に仕える巫女・と。それで間違いないですか?」

「はい。……この占術館は、神殿の枠の中だけでは救済できない市井の人々に、神殿最上位のにあらせられる大神殿主だいしんでんぬしの救いの手を差し伸べるため、大禰宜だいねぎが直々に創設なさったものです。普段の占術や、この館内の案内などを行うのは、常日頃から神殿での下働きや、人々への奉仕活動を行う神官と巫女です」

「では、そこのご令嬢に危害を加えようとしていた彼らも神官なのですね?」

「それは……」


 案内役の男が口ごもり、隣に座る占い師の女を見る。女は、軽く下唇を噛んでから何かを決意した強い瞳で、正面に屈んで調書を取る警邏隊員を見ると、深く息を吸い込んでからようやく口を開く。


「紺のローブの下働きの者たちは『神官』ですが、白いローブの彼らは一つ上の位の『禰宜ねぎ』です。彼らは、大神殿主のお力を正しく人々に届ける手助けをすると云う役割で、常にこの館に数人が配置されていました。実際には、大神殿主から拝受した『聖水』を運んでくださっていたんです。間違っても荒事を行うためなどではありません……」


 その言葉を聞いた警邏隊員の視線が一瞬鋭いものになった気がした。小さく「やはり水か……」と呟いて同僚を呼び寄せ、館内に持ち込まれている『聖水』を確認しに隊員を向かわせる指示を出した。

 占い師は側に来たわたしに視線を向けると、微かに口元を歪ませる。


「みんな……神官や禰宜たちはどうなってしまったの?あんなおかしな様子、見たこともなかったわ。何かに憑りつかれてしまったのかと思った……」

「あなたたちの配っていた『ご利益』のある『聖水』の効果と同じですよ。わたしの周りであの水とを持った人たちは、神官さんたちと同じ様に感情のコントロールが効かない恐ろしい状態になっていましたから。受け取った人たちの末路を間近に見たことが無かったんですか?」


 加害者意識の薄い彼らに向ける言葉としては、きついかも知れないけれど分かって欲しかった。メルセンツやアイリーシャ、その侍女のような被害者をこれ以上出さないために。


「そんな……」


 女は苦し気に口を引き結んで俯いた。眉を寄せて苦し気に項垂れる女性は、ただ見れば庇護欲を駆り立てられるはかなげな印象を受けるだろう。ましてや男性諸君の憧れの的『巫女』だ。現に、調書を取る警邏隊員も気の毒そうな表情をしている。けれどここでほだされてはいけない。

 俯く女性の顔を、同じように屈んでグッと下から覗き込む。

 そして、腹の底から湧き出る怒りを乗せた低い声で言葉を紡ぐ。


「あともう一つ、あなた達は『聖水』について何も分からないと言っているけど、あの貴族の女性が苦しむ前、あなたの言う『聖水』をまき散らして、散々怨嗟の言葉を言ってましたよねぇ」


 女が小さく息を吸う。案内役の男にも、女にやったのと同じ様に下から見上げてめ付ける。


「あれは、あの状況で言葉を向けられた相手がどうなるか、やっていたんじゃないんですか。―――女神に仇なす不遜者に天罰を与える、でしたっけ?まるで大神殿主の水が『毒』に変わることを分かってやっているようでしたねぇ。あぁ、恐ろしい。これはきっとあの貴族女性も証言してくださるかと思いますよ?」


 怒りのまま睨み上げた状態で、さらに口角を釣り上げたわたしを見た占い師の女と、案内役の男は小さく「ひぃっ」と声を上げた。調書を持つ男もペンをポロリと落とし「恐ろしい……」と呟いたけど、占い師の裏の顔に対しての感想だよね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る