第29話 平穏な学園生活への一歩は踏み出せた気がする。

 学園再開からの一週間、わたしはドッジボール活動の場を整えるため教員たちへの根回しや、関係各所への企画書・申請書作成、提出、教職員会議での趣旨説明での出席などなど、とにかく動き回った。そして、ドッジボール部室としての多目的教室と、試合などの活動場所として鍛練場の一角の使用許可をもぎ取った!


「みんな、いっくよー走り込み20周!」

「「「「「「お―――!」」」」」」


 活動開始から1ヶ月、とにかく体力作りに取り組ませることに決めて、地味な鍛練の繰り返しを行っている。貴族のお坊っちゃまたちが飽きてしまわないか心配だったけれど、みんな文句も言わずに基礎訓練にも付いてきてくれる。


「きゃー!レッド様ですわ。今日も凛々しくて素敵ですぅ~」

「いいえ、ブルー様のクールなあの表情、見られまして?」

「グリーン様の爽やかさ、飛び散る汗まで輝いているようですわ」

「イエロー様の溌剌とした愛らしさがわからないなんて、勿体無いですわ!」

「落ち着いたパープル様の眼差し、見つめられてみたいですわ~」

「ホワイト様の清廉な魅力!堪りませんわー!」


 訓練を見に集まるギャラリー令嬢は、それぞれの推しメンに黄色い声援を送る。

 そう、わたしは6人の令息それぞれのユニフォームの色を変えてイメージカラーをつくったのだ。同じ系統でありながら、それぞれ異なるデサインで、各自の魅力を最大限引き出すか、あるいは一から作り上げている。アイドル衣装を意識して、バンブリア商会がっつり協力のもと制作した。

 単なる訓練と侮るなかれ、地下アイドルのように成長の過程を見せつつ、それぞれの顔と個性を売り込み、来るべき舞台しあいへの期待感を膨らませて行く。訓練時もしっかり衣装ユニフォームを着せて、各々の個性を際立たせれば、自ずとそれぞれにファンが付き、その声援を受けた6人のヤル気へとつながる連鎖が起きる。

 令息たちの成長に目を細めていると、わたしの背後を走っていたハディスがため息をついた。今や自称護衛の彼は、ランニングの時は令息たちとわたしの間に。筋トレやミーティングの時はわたしの隣に必ず陣取る。貧弱な令息しかいない学内でも熱心な仕事ぶりを見せていた。


「セレネ嬢、その衣装そろそろやめたらどうかなぁー」

「またそれですか?せっかくヘリオスに作ってもらった新商品ですよ。素材も形も斬新だし、何より動きやすいんですよ?アピールしておけば、いずれ売上げに貢献しますから!」


 そう、わたしが運動用に纏っているのは、スライムとトレントから作る新材料『伸縮自在硬質じゅし繊維』を使って、ヘリオスが開発してくれた特別製なのだ!

 以前、ヘリオスから受け取った行李の中に「今回は、何故かは伺いませんが 狩りの素材がいつも以上に多く、マジックテープ用以上のジュシ素材が得られました。そこで、お姉さまへの新規事業への一助になればと、同素材を使用した活動服を作ってみましたので是非お試しください」とのメモと共に納められていたのがこの服の初期試作品プロトタイプだった。


「あのねえ、最初よりも目に優しくはなったけど、今でも充分ご令息には刺激が強めだからねー」

「んなっ!人を露出狂みたいに言わないでもらえませんか。隠すところはしっかりガッチリ隠れているじゃないですか!」


 そう、この運動着の初期型は今とは違っていた……どこかのセクシー怪盗かと目を疑う形状のライダースーツそのものだったのだ。試着して見せたとたん、目を剥いたすごい形相のハディスにカーテンでぐるぐる巻きにされた。久々の簀巻きだったよ。

 そこで、姉を何にする気だとの苦情と共に、ヘリオスに改良を依頼したのだけれど、どうやらこれは男物のつもりだったらしい。けれど、気に入ったわたしは腰部分に同素材のプリーツスカート、首元に大きな襟を取り付けてもらい、現在ドッジボール活動時の運動着として着用している。ちょっとハードボイルドな魔法少女風だ。


「走り込み、追加5周ねーっ!わたしについてこれる子は誰かなー!一緒に頑張るよぉーっ!」

「「「「「「どこまでも、ついていきますー!」」」」」」


 がんばり屋さん達の元気な声と、何故かギャラリーの令息の歓声が聞こえ、後ろでハディスがまた溜め息をついていた。


 部員達の熱意溢れるトレーニングで基礎体力もしっかり底上げされ、何度か開催したドッジボール部員御披露目の試合も、盛況を博して二度三度と回を重ねた。

 試合自体はあくまで部活動の一環なので、観覧料を取ったりはしないけれど、観客の要望に応えた各選手をモチーフにした飾りチャーム手巾ハンカチ、髪飾りなどの装飾品を、バンブリア商会とのタイアップで次々に投入すれば好調な売れ行きを見せた。


 学園の帰宅時間となり、いつかのようにハディスと並んで、廊下の窓から門へと向かう学園生達の姿を見遣る。

 弾む足取りで帰宅する令嬢達の鞄や髪、首もとには『赤、青、緑、黄、紫、白』の色とりどりなグッズが揺れて踊る。その様子を腕組みして睥睨していたわたしの口からは、込み上げる笑いが留めきれずに溢れ出す。


「ふっふふふふっ、まんまと薄黄色の魔力を学園から追い遣ることに成功したわ!」

「いや、何で悪役っぽいの!?魔王なの?」

「なら差し詰めハディス様は、魔王の使い魔ってとこかしら?」

「ナニソレ?微妙ー」


 だってこれだけ一緒にいて、まだ何者なのか正体を見せてくれないんだから、友人や仲間とは考え辛い。それでも、一応の信頼はあるから、使い魔がちょうどなんじゃないかな。


「使い魔が嫌なら、更なる進化を遂げてください」

「だから、どっか表現が邪悪ー」


 不満げに唇を尖らせるハディスは、けどすぐに表情を優しげな貴族の微笑みポーカーフェイスに戻す。

 だから、何者なのよ。


 門へ向かって歩く令嬢の一群から、華やかな笑い声が響く。レッド様が、パープル様がと漏れ聞こえるところをみると、ドッジボール令息達のファンなのだろう。令息たちの間でも、令嬢との共通の話題で親睦を得る目論見や、純粋な彼らへの憧れから、グッズを身に付けたり、話題に上らせているものが、あちこちに見受けられる。


 学園分だけとは云え、薄黄色グッズを淘汰したことで、わたしの天敵『占いと薄黄色い魔力を使う祈祷師』に少しはダメージが与えられただろうか?

 少なくとも平穏な学園生活への一歩は踏み出せた気がする。


 そろそろ父達の調査も、物証が揃ってきたと言っていたし、更なる前進を計れないかなー。

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