第28話 破壊力ですと?そんな物騒なものはいりません、開発力なら欲しいですが‥‥。

 食堂での打ち合わせを終え、ハディスと並んで学園廊下を進んでいると、先ほど打ち合わせに参加していた令息の1人が駆け戻って来た。


「バンブリア嬢、お話ししたいことがありまして!お時間宜しいでしょうか」


 元気に駆けてきた令息は、結構な距離を走ったのか息を弾ませ、頬を赤らめて、緊張の混じったぎこちない笑顔を浮かべている。

 時間の経過からいって、そんなに長距離を走った訳じゃないのに、息上がりすぎじゃない?けど、緊張した感じは、商会の新人がテラスオウナに話し掛けているのを見るみたいで微笑ましい――と眺めていたら、ハディスが無言でわたしと令息の間にすっと身体を滑り込ませて視界を遮ってきた。急な要人対応、なんで?いつも横並びのくせにどうした?


「セレネ嬢に、どんな用かな?」

「ちょっ!ただの学生相手に護衛されなくても大丈夫なんですけどっ!?」

「だよねー。ただの学生だよね」


 何故か、からかい口調のハディスの意図は解らないけど、ようやく目の前からズレてくれたのだが、1人だったはずの令息は、いつの間にか3人に増えていた。正確には、1人は目の前の最初に話し掛けてきた令息。そこから少し離れて2人。3人とも何故か若干顔色が悪い。3人ともフォーレン伯爵夫人のお茶会には参加していなかったドッジボール初体験となる令息たちだ。


「どっ……どうしたの?体調が悪いから辞めたいとかそんな話かしら。わたし皆さんにとても期待しているのに……ご一緒できないのはとても悲しいわ、どうしましょう!」


 慌てて言うと、ハディスが小さく舌打ちし、3人の令息はもれなく顔色が戻った。いや、通常よりも血色は良いかもしれない。


「い、いえ!そんなことありませんっ!きっとご期待に沿えるよう頑張りますので、よろしくお願いします!」

「あ、おれ……いえ私も、バンブリア嬢に認められるよう頑張ります」

「ずるいぞっ、わ・私も、今後とも、よ・よろしくお願いします!」


 んん?何故か元気な挨拶いただきました。気持ちは嬉しいんだけど、何で改めて挨拶なんて?と薄っすら笑顔で小首を傾げると、令息たちの血色は益々良くなり、こちらを振り返ったハディスは逆に苦いものを飲み込んだ顔になった。え?何で。


「そ、それじゃあ、私たちはこれで失礼します!」


 笑顔で挨拶されたけど、話とやらはどうなった?

 そそくさときびすを返そうとした令息たちが動くと、それぞれの通学鞄に付けられたものが、ちかりと薄黄色い光を纏って揺れる。


「ちょっと待って!」


 思わず呼び止めると、側のハディスも薄黄色に気付いただろうに、少し不満顔だ。良く見ると、少しずつデザインの異なるチャームが、鞄の飾りとして付いている。


「その鞄に付いているものって、何なのかしら?」


 聞くと、令息達は何故か逡巡した様子を見せて、なかなか口を開いてくれない。けれど、ここで引くわけにはいかないと、じっと視線を送ると3人は互いに顔を見合わせてから、互いに肘でつつき合いつつ、少し顔を赤らめて口を開いた。


「今流行っている飾りチャームなんですけど、願い事に効くって評判なんです」

「気になる人とのきっかけをくれるとか」

「ほんとに効果あるのかなって思ってたけど……」


 何ですと!?そんな怪しいグッズが出回っているの?しかも極々淡いとはいえ『黄色』の魔力付きだし、そんなもの持ってたらメルセンツやアイリーシャの二の舞に成り兼ねないよ。


「このくらいの若者は、恋愛ごとには敏感だからねー。ご令嬢ならもっと関心が高いと思うから、飾りの普及はもっと進んでいるだろうねぇ」

「えぇぇ……」


 何でもない事のように言うハディスだけれど、わたしはドン引きだ。だって、こんな物が大勢に普及していて、黄色い魔力の効果――おそらく『暴走』?に囚われたら、あちこちで婚約破棄や刃傷沙汰みたいな派手な出来事が起きても不思議じゃない。

 とにかく、この目の前のドッジボール企画を成功へ導く金の卵達だけでも、黄色の呪縛から救っておかなければ!


「いいですか?みなさん。貴方たちはこれからどんどん磨かれて魅力的になるはずです。わたしがそうさせます!なので、そのようなまじないごとに頼らないで、わたしを信じて、付いて来てくれませんか?そんな神頼みではなく、自らの手で掴み取ってください!」


 だからそんな飾りは外して!と、胸の前で両手を組み、それぞれの瞳を見つめて訴える。


「はぅっ!」


 ん?変な声が聞こえたな?そして、隣から深ーいため息が聞こえる。そして「お前たち分かってるだろうな!?」と地を這うような声でハディスが追加する。え?何で脅しているのかな?

 けれど、その念押しが効いたのか令息たちは背筋をシャキッと伸ばして「分かりました――!」と叫ぶと、急いで立ち去って行った。何だか慌ただしく帰って行ったけど、元気でよろしい。黄色い飾りを使わないことに関しても理解してくれたみたいだし、これで安心してドッジボールメンバーを鍛えられるかな、と頬を緩ませてハディスを仰ぎ見る。


「みんな分かってくれたみたいで良かったですね!」

「セレネ嬢も自分の破壊力を分かって欲しいかなー?」


 破壊力ですと?そんな物騒なものはいりません、開発力なら欲しいですが……。


 窓から外を見ると。下校する生徒たちが正門に向かって歩いてゆくのが見える。

 それぞれが学園指定の鞄を持っているが、改めて良く見ると、鞄の飾りとして付けていたり、荷物として中に入れているのか鞄の中から薄黄色い光がぼんやりほのかに漏れ出ている者が何人もいる。メルセンツの首飾りに比べると、意識して見なければ判らない程度のごく僅かの薄い黄色だ。だからこそ、今日まで気付いていなかったのだけれど……。夕日に、あちこちで照らしだされる禍々しい飾りの多さよ。

 わたしとハディスは苦々しく顔を見合わせた。


 まさかこんなに薄黄色が浸透しているなんてー!

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