第15話 手袋をいただいたので、決着の付け方を提案させていただきます。

 メルセンツが見せた漢気おとこぎに一瞬感心したものの、そんな気持ちは令息から投げつけられた手袋片手に、笑みを浮かべたオルフェンズの物騒さに吹き飛んだ。


「誰との決闘をお望みかしら?」


 舌なめずりでもしそうな物騒な気配を醸し出す美女オルフィーリア。黒々とした気配が駄々洩れていますが、気のせいでしょうか?


「おっ……お前じゃない!」


 生命の危機を感じたのか令息たちの顔が青白くなっていく。早く引いたほうが身のためだよ~と、わたしもダメ押ししてみよう。


「では、バンブリア商会を後ろ盾に持つ、わたしかしら?困ったわね、皆様方は余程王都でお買い物がしたくないと見えるわ。お兄様方の身に付けていらっしゃる宝飾品にドレススーツは何れもうちの商会をご愛顧いただいているようなのですけれど。残念ですわ」


 扇を開き、目元だけを相手に見せて笑む。

 傍から「うわぁ……」と言うハディスの呟きが聞こえたが無視だ。きっと、剣やこぶしの決闘をやっても、この令息達くらいになら勝てるとは思うけど、お得意様のお宅でプレゼン以外の派手なことはやりたくない。

 このくらいで引いてくれないかなぁ~。


「女性たちに手荒な真似はさせない!私が相手になろう!」

「だから駄目だって。メルセンツ先輩」

「止めてくれるな。少しくらい……良い格好をさせてくれ」


 ちょっぴり頬を染めつつ、令息3人組の前にわたしを庇うように立つのは、きっとこの人の優しいところなんだろうけど。じゃあ何でアイリーシャ先輩に、あんな公衆の面前での婚約破棄なんて、婚約者への思いやりの欠片かけらも無いような事をしたのかって釈然としない嫌な感じが残る。

 そもそも、この人に惚れられる覚えも無い。家格はわたしが下で旨味はないし。とすると我が家の経済力か?


「まぁ、まぁ。メルセンツ?あなたたち、何か揉め事でも?」


 茶会主催者のフォーレン侯爵夫人がゆったりやってきた。これでやっと場が収まるか、と思ったのも束の間。


「こちらのご令息方から手袋を、いただきましたので。決着の付け方を話し合っていたところですわ」


 すかさずオルフェンズが男物の手袋を掲げる。

 今は女性オルフィーリアの格好をとっている彼女が、男物の手袋を贈り物として渡されるわけがない。

 オルフェンズ、わざと事を荒立てたわね、とひとつため息をついて前に出る。


「受け取ったのはわたしです。メルセンツ様お一人に、無責任にそちらのご令息3人もの果たし合いを押し付けたのでは、信頼を掲げる我が商会の名折れとなってしまいます。メルセンツ様のご厚意に甘えさせてもいただきますが、わたしも受けて立ちましょう」


 誤魔化し様のなくなった決闘申し込みを、さっさと解決するためにもメルセンツだけに任せてはおけない。仕方なく前に出ることにする。何故か授業参観の父兄の様に、父が微笑ましいものを見る視線を送ってくる。

 いや、甘えるのはメルセンツの好意じゃなくて厚意だからね?念のため。あと、共同作業にしたのは、わたしが3人もしたんじゃあ悪目立ちするからだよ?


「とは言えいずれのご令息も、このように麗かな日差しの中の穏やかな茶会の席で、女であるわたしと、血を流し合う様な勝負を望んではおられないでしょう」


 決闘を無しにしたんじゃ双方令息の面目が立たない。けど、命のやり取りはダメ絶対!


「そこで、僭越ながら5人の中で最もか弱いわたしに勝負の内容を決めさせていただきたく、お願い致します」


 フォーレン侯爵夫人が楽し気に頷く。


「認めましょう。そしてその余興が私をたのしませてくれるものならば、私の茶会でこのような騒ぎを起こした無礼も水に流しましょう」

「ありがとうございます」


 だそうだぞ!令息ども。社交の場で不用意に騒ぎを起こしたらどうなるか、ちゃんと勉強してほしいものね。

 表情を強張らせる令息たちに視線を走らせる。いや、メルセンツはうっとりとこちらを見ている。反応がおかしい……。いや、そんな場合じゃない。

 決闘じゃない、簡単にできる試合……そうだ!球技!


「フォーレン侯爵夫人、広めの場所と、ロープかリボン……それに投げられるような球をお借りできないでしょうか?」

「よろしくてよ」


 にこりと笑いながら夫人が目配せを送ると、執事服の男がさっと立ち去って行く。


 準備が行われる間、フォーレン侯爵婦人のもとへ4人のご夫人方がさっと近付く。何れも紙のように白い顔色で、ひたすら平身低頭の姿勢なのは、私以外の4人の母御だからか。夫人がオホホと軽やかに笑い声をあげているところを見ると、大事おおごとにする気はなさそうだ。父は、何事かハディスに話しかけ、彼をうろたえさせている。


 ほどなく執事が戻り、わたしたちは茶会参加者一同とともに、石畳の中庭へ案内された。


「では、ロープで出来るだけ大きな四角を作り、半分を区切るように、さらにロープを張っていただけますか?広さはこのくらいで……」


 軽やかに駆けながら四角の範囲を指示して行く。大体前世の25メートルプールくらいの広さだ。

 そして渡されたのは少し小振りな毬だった。獣毛じゅうもうを固めてつくられたボールは、ぶつかっても怪我にはならないだろう。


「では、を始めさせていただきます」


 ボールを片手に、中庭に集う面々を見回し、宣言した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る