第12話 ここにやばい人がいます――――!!

 ゆらゆら揺れる馬車。

 馬車の揺れに合わせて、わたしの頭も前に後ろにふらふら船を漕ぐ。


 ここのところ日常にない魔力の消費を立て続けで行ったせいで、疲労感が半端ない。

 普通に動く動力を『エンジン』だとしたら、魔力を使ったそれは『ロケットエンジン』となる。


 馬車の揺れと、ぽかぽか暖かい心地よさで、わたしはいつの間にか眠っていたみたいだ。


「お嬢様、到着しました」


 馭者ぎょしゃ小父おじさんの声と同時に、ガチャリと響いた扉を開ける音。涼やかな外気が流れ込んで一気に意識が覚醒する。


「ふぁっ!」


 と同時に自分の状況を思い出す。


「お・お姉さま?」


 バンブリア邸の入口へつながる小道の景色と一緒に、わたしの髪より一回り鮮やかな珊瑚色の髪が覗く。動揺した声色に恐る恐るそちらを見遣ると、息を弾ませたヘリオスの不機嫌そうに眉根を寄せた顔があった。


「いや、これはなんでもなくて!」


 浮気現場を目撃された亭主みたいな言い訳をしながら、依然わたしを抱えたままのオルフェンズから逃れようとじたばたしていると、先にハディスが馬車を降り、お姫様抱っこ状態に逆戻りしたわたしと、オルフェンズが無言のままそれに続く。


「セレネ嬢が足を痛めてしまってね」


 頬を掻きながら苦笑しつつハディスが告げると、ヘリオスの瑪瑙めのう色の瞳が零れんばかりに大きく見開く。


「申し訳な・」

「あなたは!護衛だと言ったでしょう!!」


 ヘリオスがハディスにつかみかかる。身長差があるため、胸ぐらではなくみぞおちあたりなのが微笑ましい。じゃなくて、不敬になったらどうするの!


「ヘリオス!わたしが自分で何とかしようとして捻っちゃっただけだから。何も大したことないよ!」

「お姉さまへの説教はまた後でします!怪我の加減の主観報告は医師の診察の時に伺います。今はお姉さまの護衛を自ら買って出たにも拘らず、初日からその責務を全うしなかったこの男への注意をすべきですから!お姉さまは大人しくお部屋で医師の到着を待ってください!」


 一息に話したヘリオスの顔は怒りと酸欠で真っ赤だ。

 ハディスのみぞおちから手を離したヘリオスは、相変わらず無表情のオルフェンズを見遣る。


「あなた!ハディス様の従者……?家の者に案内させますから、そのままお姉さまをお部屋まで運んでください」

「いや、私は従者なんて無粋な者じゃありませんよ」


 なにを言い出す?このナルシスト暗殺者は。

 薄く笑みを象った唇に、嫌な予感と、ぞわぞわした不穏な気配を感じて、ハディスを見ると、こちらも微かに眉根を寄せてオルフェンズを見詰める。


まばたきする間に崩れ落ちる、この儚い世の中に比類なき輝きを持って芽吹いた桜花を心棒する者で」

「僕のお抱えの吟遊詩人だよー」


 若干強引なくらい明るい声音で、オルフェンズの紹介に突っ込んだハディスは、すぐに怪我人を運ぶようにと、わたしたちを追い立てた。

 説教中にも関わらず、気の抜けた声をあげたハディスに、額にピキリと血管を浮き立てたヘリオスがまた盛大に怒声をあげたけれど、メイド頭に先導されて足早に運ばれるわたしは、内容まで聞き取ることは叶わなかった。

 心労が増えそうだから、それで良かったかもしれない。




「お嬢様のお部屋はこちらです」


 わたしの部屋のドアを開けたメイド頭のメリーが振り返る。まぁ、メイド頭と言っても、我がバンブリア家にはメイドはメリー含んで5人、しかもメリー以外は交代勤務なので、いつも居るのは3名だけなのだけれど。


 迷いない足取りで室内へ踏み入ったオルフェンズは、私室内に3つあるドアのうち、寝室へとつながる1つへ向かって迷いなく進む。


「あの、オルフェンズ様?」

「オルフェとお呼びください」

「ではオルフェ様」


 一つ、重大なことを確認しておきたい。


「どうしてこの扉へ?」


 質問の内容が心底意外だったのか、一瞬きょとんとアイスブルーが大きく見開かれる。そして、小さく「あぁ」と合点がいったように呟くと、何度も見た薄い笑みを浮かべる。


「このてのひらで受け取れぬ燦爛さんらんたる光芒に、この凡庸たる我が身が僅かにでも照らされんと望むなら、如何なる障壁もその意味を失うこととする力だけは持っているつもりです」


 意味が分からない……いや、嫌~な予感だけはひしひしと沸き上がって来るんだけど。

 むむむ、と眉根を寄せると、アイスブルーの瞳がゆっくりと弧を描く。


「あなたに関することはどんな僅かな情報でも、手に入れられるものは全て手に入れたと言うことですよ」


 ぎゃぁぁ!!!ここにやばい人がいます――――!!

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