第4話 あなたと婚約する気は露ほどもありませんから!

「はい、そこまでー。大人しくしていただきましょうか?」


 真っ白な盛装に身を包んだ衛兵たちがずらりと並び、わたしたち3人の周囲を取り囲んだ。当然だ、今日の夜会は国王もご臨席される。いつも以上に多くの衛兵が配備されており、要らぬ混乱が起こらないよう警備されていた。


「ヴェンツ伯爵家令息、ラシン伯爵家ご令嬢に対する暴言、ならびに国王もご列席される記念すべき夜会をいたずらに騒がせた件で、同行してもらうよ」


 緩くウェーブした赤髪、垂れ目で、軽薄そうな笑みを口許に携えた衛兵が、こちらに向かって一歩踏み出す。よく見れば、この男の纏う服は他の衛兵と違っている。衛兵たちよりも格上の騎士服で、王家の紋章である『有翼の獅子』を象った装飾までがほどこされた特別仕様だ。いや、それはさておき。


 わたしを拘束する気満々ですけど!?


 衛兵達は男爵家とは言うものの、つい数年前まで平民だったわたしの言い分など聞こうともしない。

 頼みの綱の男爵である父も、今日は大切な商談があるとかで、この場には居合わせない。


「あら、これだから平民あがりなんて。いやしい出自のものは、行いも下賎ですのね」


 冷たい視線や嘲笑が私に向かってくる。


 我が家は一代で財をなし、爵位を買った、いわゆる成り上がりである。なので、周囲からの、特に何代も続く歴史ある貴族からの評価は著しく低い。


 そんなしがない男爵令嬢に、学園の一学年先輩、しかも伯爵家嫡男メルセンツ様からの、突然の卒業祝賀夜会エスコートの申し入れ。いやもう、断れるわけないからね!?嫌な予感はしてたよ。


 この卒業祝賀夜会は、最後に国王自らがお出ましになり、近い将来国を支える事となる青年貴族たちに直接お言葉を掛けられる。その前に、さっさと場を納めようと城の衛兵たちが動いたのだろう。


 ほぼ平民と言って過言でないわたしを排除することによって。


 とんだ貧乏くじだ。

 しかし、二つの歴史ある伯爵家嫡男と長女を糾弾・拘束したりするよりも、ぽっと出の男爵家の娘を摘まみ出して手打ちとする方がずっと賢い選択なのだろう。当事者であるわたし以外には。


 いや、うちも商売で身をたてた男爵家だから評判は大事なんだよ!?


 ああ詰んだ……

 悶々と考え込んでいると、赤髪騎士が側へやって来て「こちらへ」と物腰柔らかそうな台詞とともに圧をかけてくる。

 早くこの場を納めたいのだろうけど、わたしにも少し落ち着ける時間が欲しいのですが。


 みたび 夜会会場の空気がざわりと揺れる。


 そして再び、湖にせりだしたバルコニーまでの人垣が割れて、そこに現れた黒い人影を見た瞬間背中が粟立った。


 そうだ、さっきアイリーシャは何と言った?

『やっておしまい』と。


 確認の意味を込めてアイリーシャを振り返ると、扇を僅かに開いて口許に当てている。無表情を装おっているけど、笑みを携え、緩んだまなじりは隠しきれていない。


 いや、解ってたけど。

 けど『やっておしまい』で呼び出される三下って普通のって感じの人じゃないかな?

 それに、こんなとき来てくれるのは、わたしを助けてくれる王子様立ち位置のヒーローじゃないの?


「セレネ!待っておくれ!さっきの君の言葉は突然の好事に動揺するあまりの照れ隠しなんだろう?」


 いや、あんたじゃなーい!

 検討違いの発言をしたメルセンツの強心臓に、呆れつつ周囲を見回す。


 夜会会場の人混みの中、このぽっかり空いたスペースを衛兵が囲み、バルコニーからこちらへ向かって延びる一本道には『やっておしまい』の黒装束。そして、私が立つ向かいには、わたしに訴える視線を向けるメルセンツ。と、その隣に赤髪騎士。そして勝ち誇ったように、尊大な態度のアイリーシャ。


 一番無関係なはずのわたしが、なんて窮地に立たされているんだろう。


 このまま騎士や衛兵たちに連行されると、稼業に要らぬ風評被害をもたらしてしまう。


 メルセンツは無理。


 考えている間に黒装束が、こちらを取り囲んだ衛兵の側までやって来る。


「殺す気はない。闇に沈む湖水に鮮やかなしずくきらめかせて、水面に彗星と見紛みまごうばかりの軌跡を顕す姿に心が震えた。俺の手をとれ」


 信じられない言葉に、思わず目を剥いたわたしの気持ちを、誰か察して!?

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