第2話 春の夜の漆黒の湖水に揺蕩う桜の影は 闇に融けゆくか?
わたしは、
話は数時間前に遡る。
王立貴族学園。
この学園は4学年で構成されており、公爵から騎士爵までの爵位を持つ家の12歳から15歳までの令息令嬢のうち、特に個人の資質で優れたものがあると認められるものが通う。とはいうものの、
この学園で学ぶのは、算術、歴史学、音楽、外国語などの教養学の他、体術、剣術などの戦闘学だ。中でも体内の魔術を
今夜は、その学園の卒業祝賀夜会。
桜の季節を迎えた今日、この学園を去る108人の15歳の令息令嬢、そしてその家族が、王城の一角に造られた学園の夜会ホールに集っている。
学園では「身分を問わず平等な関係の中 互いに切磋琢磨し高め合い 将来の国を担う人脈と知識を身に付ける」との理念のもと、基本的には支給された制服を着用することとなっているが、3年間の学園生活の締めくくりを
わたしは不本意な形での参加となってはいたけれど、我がバンブリア商会の広告塔となるべく、お父様やお母様、一つ年下の弟のへリオスとともに、生地から縫製方法、装飾品のひとつひとつまで厳選して仕立てたドレスを準備していた。
なのに今、私が身につけているのは……
いや、くるまれているのは質素な生成りの生地。頭まですっぽり覆われているせいで、今のわたしには周囲の様子はもちろん、わたしの置かれている状況も何も分からない。
いつものように上位貴族の令嬢たちから、偶然を装ったぶつかり・引っ掛かり攻撃をうけて若干乱れてしまった髪を整えに、化粧室へと向かったはずだった。攻撃自体は全部
攻撃しそびれた令嬢たちの歯噛みする表情を見ながら、夜会での完勝を実感し浮かれてはいた。
そんな時だった。
突然背後から、この布地を被せられたにもかかわらず「あれ茶色?」と生地の色を考察するくらいにはわたしは浮かれていたのだろう。あれよあれよと言う間に手際よく布の上から縄?をかけられ、両腕を動かないよう拘束されると同時に、首筋に衝撃をうけて視界が暗転した。悲鳴をあげる間もなかった。
気を失っていたのはわずかな間だったと思う。
けれど、次に目を開けた時には視界全体が暗く、布の色も分からないくらいで、ひんやりとした空気を感じた。
屋外に出たのだろう。
ちゃぷり ちゃぷり
そんな水音に、さすがに危機感が沸き上がる。完全勝利に酔っていたわたしの浮かれた気持ちはどこかへ吹き飛んだ。
周囲からは規則的な水音と、何かがきしむギィッという音以外なにも聞こえない。いや、かすかに夜会会場からと思われる喧騒が聞こえてくる。ゆらゆら揺れていることから、わたしは今、誘拐犯とともに小舟に乗っているのだろう。
周囲に助けてくれそうな人はいなさそうだ。
ならば、この誘拐犯相手に話しかけるしかない。
「あの、こんばんは。あなたは誰で、わたしをどうする気でしょう?お金が必要なら父に連絡を取らせていただきたいのですが……」
自慢ではないが、我が家は父が商売で財を成し、ほんの数年前に男爵位を買ったのだ。不本意ながら成金貴族のバンブリア男爵といえば、商業ギルドや王都の貴族で知らないものはいない。十中八九この誘拐は身代金目的と思われた。
お金は大事。けど命はもっと大事。こんな相手は下手に刺激しないのがいいに決まっている。穏やかに交渉しようとしたのに、相手はわたしを馬鹿にしたようにクスリと微かに笑う。
「春の夜の漆黒の湖水に
ともすれば艶っぽくも聞こえる、落ち着いたテノールの声音の楽しげな口調に、ぞくりと背筋が粟立った。
そりゃそうでしょう!詩みたいに言ってても、要約すれば桜色の髪の私を、夜の湖に沈めるって殺人予告なんだからね!?
「せめて
言葉を言い終えると同時にバリッと、ぐるぐる
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