貪り喰らうは心か身体か

清泪(せいな)

真夜中、中学校、エセ牧師、手伝い未満

 

 死体が横たわっている。

 手、足、肩、頭。

 至るところを荒々しく喰い千切られた無惨な死体。

 死体が着ている学生服はずたずたに破かれている。

 強引に引き千切ったのではなく、引き裂かれている。

 大きな獣の爪痕が、死体とその周りに見られる。


生阪慶太郎きさか けいたろう十三歳。何故、彼はここにいるのか?」 


 死体の前で手を合わせ牧師服の男――二条にじょうはそう言った。

 声に出してそう言ったのは、二条の後ろに立つ少女――眞野まのに聞かせる為だ。

 ちなみに二条は牧師服を少し変形させた服を着ているが、手の合わせ方は仏教のそれだった。


 眞野も二条に倣って手を合わせる。

 先程二条から名前を聞いたばかりの相手に手を合わせているのは不思議な感覚だ。

 それも初対面が無惨な死体姿であるから、眞野は同情などの感情を抱くより吐き気を抑えるのに必死だった。

 この教室に入ってきた数分前は、悲鳴を抑えるのに必死だったのだが。


 真夜中の中学校。

 怪談話にも出来そうにない怪奇を眞野は目の当たりにしていた。


 

「無理してついてくる事も無かったのに」


 二条は屈み込んで死体を調べていた。

 手には革製の手袋を付けているとはいえ、死体を触ったりして後々警察に怪しまれたりしないのかと眞野は思った。


「二条さんの仕事、というのを生で確かめたかったんです」


「こんな仕事、好んで見るものでもありませんがね」


 二条は眞野の方を一切向かず死体調べに集中していた。

 眞野はその二条の行動も、真夜中の校舎の静けさも、死体を惨殺した何かも合わせて怖くなって辺りをきょろきょろと見ている。


 何の変哲も無い一般的な教室。

 綺麗に列をなしている机、明日の日直当番が書かれた黒板、コンクール用に描かれた生徒達の絵が貼られた壁。


 二年前まで通っていた学校の教室に懐かしさを感じつつ、そこにある言い表せない不気味さも感じていた。


「この教室、争った形跡がありませんね」


 無惨な少年の死体、その周りの爪痕。

 眞野は自身が感じた不気味さがまさしく二条の言葉通りだと思った。


 獰猛な獣に襲われた様な死体がここにあるのに、教室は何も無かったように日常のままだった。

 教室の外から唸り声が聞こえた。


「……い、今の何ですか?」


「今日の仕事相手、ですかね」


 怯える眞野に二条は冷静に答えた。


 仕事相手、と言われて眞野は二条の事務所に届いた依頼書を思い出す。

 内容を簡単に言えば、真夜中の中学校に動物の幽霊が出るのでどうにかして欲しい、だ。

 事務所の書類整理というアルバイトをしている眞野は、その依頼書を初めて読んだ時に悪質な悪戯だと思った。

 二条の仕事は探偵業ではあるが、霊媒師ではない。

 正直、求人募集で探偵事務所での書類整理を見つけた時も眞野は怪しいもんだと思っていた。

 実際冷やかし半分で面接を受けたぐらいだ。

 それが霊媒師まがいともなると、怪しさを通り越して笑い話ではないか。


 しかし、二条は至って真面目に依頼書を読み依頼を受けた。

 この二条という男、冗談じみた物言いはするものの決して冗談は言わない男だ。

 その二条が幽霊退治をするというなら、眞野は好奇心でその仕事ぶりを見てみたくなった。


 今は少し、夕方に抱いたその好奇心を後悔している。

 

「先程お渡しした護符をしっかり持って、この教室で待っていてください」


「こ、この教室で、ですか!?」


 二条が教室から出ていくとすると、教室に残るのは眞野と横たわる無惨な死体。


「ええ。今外に出てしまうと間違いなく、貴女もこの少年と同じ様に――」


「わーわーわー、わかりました。も、もうそれ以上は言わなくていいです。わたし、じっとしときますから」


 眞野は二条の言葉を遮ってそう言うと、近くの席に座った。

 僅かに感じていた恐怖が実感を増して膨れ上がってきているのがわかる。

 唸り声がする方から圧迫するような何かを感じて寒気が止まらない。

 足も震えだしたので立っているのも辛くなってきていた。


「結構。……ああ、でもそうすると、僕の仕事を見れませんがよろしいんですか?」


 差し込む月光だけが明かりとなった教室では二条の表情がしっかりとわからなかった。

 しかし、眞野には二条が微笑している様に思えた。

 それが眞野を小馬鹿にしてなのか、二条の冷たい無邪気さに寄るものなのか、これから相対するものへなのかはわからなかった。


「結構。もう充分です」


 眞野は強く言い返した。

 振り絞った降参の言葉だった。



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