第十話 新作

「小説の登場人物に反映したいからです」

「小説ですか」

「そうです」

 説明と言うにはいささか細かいところ、というか大雑把なところも足りてはいないが、そのあとあーだのこーだの質問していたら、漸くどうしてあんなことを聞いたのか理解できた。

 先輩は本好きが高じて自分で小説を書いているらしい。

「自分で言うのもなんですが、私の小説は面白いんですよ。でも何か物足りないわけです。」

 ここまで自信たっぷりの自己評価はどこから来るのだ。

 同じ空間で過ごしているのは短い期間だが、先輩は時々ナルシスト的な一面を見せることがあった。持ち前の鋭い美しさの成せることだろうか。

「何が足りないか考えてみたんですが、登場人物の現実味というか、人間らしさかなと。私人より少しだけ人の気持ちを考えるのが苦手なので」

「なるほど、そうなんですね」

 入部する時の様子を見るに、わざわざ指摘はしないが少し程度ではない。本人の目の前で要らないと言ってのけたのだから。

「今度新しく書こうとしているものに心を病んでいる人物を出そうと思っているので、実体験があればと」

 それにしても小説のこととなればよく喋るみたいだ。

 それとも今まで機会が無かっただけで本来がこのくらい話す人なのか。どちらにせよここまで話しているのを見たのは初めてで、新鮮だ。それに小説を語っている間、辻先輩はいつもより少し幼く見えた。

「まあ、一般的にはいじめとか、学校に友達がいないとか。人間関係で上手くいかないとかが理由としては多いんじゃないですか」

「それはそうでしょう。そんな簡単なことすら推察できないほどものを知らない人間ではありません」

「あぁ、すみません」

 怒られた。確かにこんなことを聞いたところで登場人物の含蓄が増すわけでもなし、つまらない事を言ってしまったか。

 もっと感情的な面で何か言えたらいいんだが、生憎自殺しそうになった知り合いはいない。ただここでそれらしい、何か創作の助けになるようなことが言えれば先輩も少しは僕への評価を上げてくれるかも知れない。

 僕は先輩に考えてみると伝えて、そっけない返事をもらった後に、少しの思案をすることにした。

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