第六話 紙とインクの匂い
あの日から数日間、特に何をする訳でもなく今までと同じような生活をしていた。今日も同じように帰ろうとしてふと部室棟が目に入って、行ってみようかと思い立ってそのまま部室に足を向けた。建物の中に入ると古い木のいい香りに包まれて爽やかな気分で階段を上がって廊下を進む。古めかしい扉を開けると紙とインクの匂いがした。
「今日は来てないのか、まあ毎日通う様な部活でもないしな。」
そもそも一人しかいなかったのだから部室に来たところで本を読むしかやることがない。本を読むだけなら家にいてもできるから帰る日も多いのだろう。まあそんな分析は今はどうでも良いとして、先輩がいないということは僕がこの学校で唯一の文学部の部員。つまり、今この部室を自由に使えるではないか。色々見てみるとしよう。
ほうほう、前にも思ったけど、ここにある本は数もさることながら内容が良い。ずっと読みたかったけどなんとなく買ってなかった本もある。この機会に読んでみるのも良いかも知れない。本を手に取ってソファに深く座る。ふかふかしていてお尻が深く沈む。家具の知識なんてかけらもないけどなんとなく高そうな感じがする。
しばらく読書に耽っていると突然部室のドアが開いた。本の世界から現実へと意識が引き戻されたことを少し残念に思いつつ、視線をドアへと向けるとすらっとしたシルエットに前髪ぱっつんの少し癖のついた髪にちょっと太々しい目つき、大きめの四角いメガネ。この間は気が付かなかったけど高身長で細身で所謂モデル体型ってやつなのではなかろうか。
「先輩、こんにちは。」
「どなたですか、ここは文学部です。」
これが正真正銘辻先輩の僕への第一声だった。この前は僕を一瞥しただけで後は先生と話していただけ。だからこれが最初の会話である。ただ驚くべきことにどうやら本気で僕のことを覚えていない様なのだ。多分この人は好きなことや興味があること以外のことはとことんどうでも良いという、そういう割り切った性格の人なんだろう。
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