第36話 時は勝手に過ぎていく


 三年生になってもうGWを迎えている。

綾香との交際を両方の親に認めて貰ってから既に十ヶ月。一度認めると二人で何をしようが全く干渉しなくなった。まあ前から干渉しないが。


 だからといって好き勝手にする訳にはいかない。仮にもまだ高校生だ。その辺は二人共わきまえている。


 今は、初夏を感じるほどの暖かな陽気の中、綾香と一緒に公園を散歩している………なんて出来たらいいのだが、合格ラインが遠いトンネルの向こうにある俺の学力ではこの休みも勉強するしかなかった。まあ先生が美少女で彼女の高原綾香という事だけは喜ばしい事だが。


 その彼女が俺の横に並んで一緒に勉強している。場所は予備校の自習室。


「綾香、これ解けない」


 彼女がこちらに体を少しよじらせて顔を向けるとどうしても彼女の透き通るような肌が見えてしまう。そう少し胸元の緩いシャツを着ている所為だ。


 じっと俺のノートを見ると

「ここの所から計算が間違っていますよ。こういうケアレスを防がないと」

「うん分かった」


 急に俺の耳に顔を近づけて

「慎之介さん。欲求不満ですか。いつでも相手をして差し上げますよ」

 くっ、視線がばれたか。


「い、いやそんな事は無い」

「では私がノートを確認していた時、慎之介さんの視線は何処へ行っていたのですか?」

「えっ」

 自分のノートをじっと見てしまった。



 自習室は午後四時までだ。塾の職員が閉室の連絡を始めた。俺達も問題集やノートを片付けてリュックに仕舞うと部屋を出ると


「まだ明るいですね」

「ああこの季節はな」

「慎之介さん、勉強に集中出来てないですよね。あれですか」

「あれって?いやそれは綾香が望むなら俺も断りはしないけど」

「な、何を言っているんですか。私はお父様からの約束の事を言ったまでで。………あなたはしたいんですか」

 顔を赤くして下を向いている。


「ま、まあな。ちょっと溜まっているし」

「えっ、溜まっている?」

 こんどは耳まで赤くなった。


「ち、違う。文面を考えるとストレスが溜まるって事だ」

 今度は顔を上げて俺の顔を見て


「どちらにしろ同じではありませんか。いいですよ。いまから寄りますか?」

 同じじゃないと思うのだが、また大胆な事を言う。


「う、嬉しいけど今度にしよう。帰りが遅くなってしまう」

「……そうですね」

 残念な顔で言って来た。


 結局次の日もその次の日も真面目に塾の連休特訓とやらの口車に乗せられ、明日で連休が最後になってしまった。


「綾香、塾は今日で終わりだ。明日は遊ぶか」

「良いんですか?今日の特訓成果確認テストの見直しをしたほうのが宜しいのでは?」

 綾香は意地でも東京の文京区にある国立大学に行かせたいみたいだ。


「そうか。でもな」

「ふふっ、明日は午後から両親が居ません。我が家で見直しをしましょう。それであれば、ねっ」

 参った。


その日の夜食事が終わると父さんに呼ばれた。今日はリビングだ、そんなに重い話ではなさそうだ。


「父さん、何ですか?」

「慎之介、今月半ばに仕事の事で高原社長と会う予定だ。何か話しておくことはないか?お前と向こうの娘さんの事で」

「いやそれは俺と綾香の件だから」


「そうなのか。今のお前を見ていると学業は一生懸命だが、高原社長との約束の件、進んでいる様には見えないが?」


「はい、実を言うと考えが見つかりません。去年の夏に彼女の父親に言った事が精一杯で」


 俺の言葉に父さんは、右手を顎に当てて

「そうか、高原社長はお前に解決の糸口つまりヒントを出していたはずなんだがな」

「えっ、ヒント?」

 俺には全く見当がつかなかった。


「まあよい。もっと考える事だな。二人で」



 自室に戻った俺は全く思いが浮かばないまま綾香に電話した。


「と言う訳なんだが、綾香分かるか?」

「ヒントですか。明日、お会いした時に、もう一度お父様が言った事を考えましょうか」

「そうだな。何時に行けばいい?」

「十二時過ぎ当たりで。食事作っておきます」

「分かった」

 最近はお昼を彼女の手作りのお弁当にしている為、今の提案も抵抗がなくなっている。




 翌日、綾香の家には十二時ちょうどに着いた。早めに付いて家族と鉢合わせは何故か心ぐるしい。


ピンポーン。


ガチャ。

「いらっしゃい。慎之介さん」

「ああ」


ドアを開けるとエプロン姿の綾香が立っていた。ついじっと見てしまった。綾香と結婚したらこういう状況を当たり前の様に見る事になるのかな。


「どうしたんですか?入って下さい」

「ああ、入る」

 エプロン姿に見入ったなんて絶対に言えない。



 ダイニングに通されるとテーブルに一通りの料理が並んでいた。定番のから揚げがレタスの上にいっぱい乗っている。トマトとルッコラのサラダ。それにご飯は蕩ける様な卵焼きが乗ったオムライスだ。それとコンソメスープ。凄い!


「これ皆綾香が作ったの?」

「他に誰がいるんですか」


「そ、そうだな。いや凄いなと思って」

「凄くないです。いつもお昼のお弁当に持って行くものばかりです」

「そうなのか。でもこうしてみると凄い」

「ふふっ、ありがとうございます。さっ食べましょう」


 オムレツの卵焼きにナイフで切れ目を入れるとフワッと柔らかい卵が蕩け出て両脇に広がった。

「おっ、凄い。美味しそうだ」

「ふふっ、召し上がれ」



 三十分程で、綺麗に食べ終わると

「ここを片付けて飲み物を用意しますから少し待っていて下さい」

「手伝おうか?」

「慎之介さん、何か出来ます?」

「いや、やった事ない」


 男子厨房に入らずなんて古い事は言わないが、食事や家事全般に手を出す事は無い。お手伝いの紀野さんが全てやってくれる。


「では、そこで待っていて下さい」


 片付けを見ていると本当に普段している事が分かる。凄いな。高原産業の社長令嬢だから出来ないと随分前は思っていたけど、ここに来るようになってその考えが間違いだったと気付いた。

 それで手際の良さは感心する。あっという間に終わった。


「早いな」

「いえ手間は掛けていません。食器をお湯で簡単に汚れを落とした後、食洗器に掛けるだけですから」

「そうなのか」

「それより私の部屋に行きましょう。これ持って下さい」

そう言って冷たい飲み物が入ったグラスの載ったトレイを持たされた。綾香の部屋も慣れた。


「では始めましょうか」

 えっ!いきなり。


―――――


次回をお楽しみに


面白そうとか、次も読みたいなと思いましたら、ぜひご評価頂けると投稿意欲が沸きます。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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