第35話  戦ってこそ得るもの

 俺が言った瞬間、時が止まったように静かになった。フィガロはまた怖い顔で俺をジロリと見た後、き出して笑った。


「気にいったよ。さすがクロエのとこの奴だ。おい! タンをもう一度呼んでくれ!」


 フィガロは冷蔵庫に手をのばして、ビールを取り出し、一気に飲み干した。「俺とクロエとの代理決戦ってわけだ」表に出ろと俺を手招いた。


 オータムとメロンは、いつものことなのでと見放していた。アンコだけは心配して「相手は闘技場で一番の人ですよ。敵わないですよ」とうろたえていた。


 俺たちは地下から外に出た。そこにはタンとその取り巻きが10人ほどいた。その中には、先程俺がぶっ飛ばした奴もいた。そいつは今にも襲い掛かってきそうだったが、タンが手で静止させた。



「グラムが世話になったみたいだな」

 タンは鋭い目で俺をにらみつけながら言った。拳にテープを巻きながら。

「そうだっけ? 忘れたぜ」


 タンを挑発する意味合いもある。相手が前がかりになってくれた方が戦いやすい。

「なんで俺と戦いたいんだ」

「お前がこの町で一番なんだろ? あとはお前が戦っている理由と一緒だぜ。体ひとつでどこまでいけるのかを知りてえんだ」


 タンに向かって言い放った。タンは不気味に少し笑っていた。タンは着ていた布の上着を脱ぎ、武器がない事を俺に示したので、俺も同じように奴に示した。その間、フィガロの奥さんは、フィガロにかなり怒っていた。



 俺とタンの周りには、取り巻き以外にも人が集まりだしていた。時間が経つにつれて人だかりができており、その人だかりは自然と円形になり、リングを作った。


 野次馬連中は、どっちが勝つか賭けが始まっており、ほぼ9割タンに賭けていた。中にはタンの得意な武器を持っていない為、その分、1割は俺に賭けているようだ。


 俺とタンは間を開けて、時計回りにお互いにすり足で動き出した。相手との間合いを図りながら。


 素人相手だと勝手に俺の間合いに入ってきてくれるから楽なのだが、なかなか隙を作ってくれず、じりじりとゆっくりと間合いと詰めていく。


 次の瞬間には、タンの右ハイキックが俺の頭に届いた。一瞬の出来事だったので野次馬の歓声も聞こえない。目の前が2重に見えている。左腕でガードしたつもりだったが、癖のある足に完全には防ぐことができなかった。



 次の瞬間にはタンが一気に俺との距離をつめ、最後のとどめを刺してきた次の瞬間、地面に倒れ込んだ。


 地面に倒れ込んだのはタンだった。俺のカウンター左フックが見事、タンのあごを捕らえた。


 タンは倒れたが、俺もフラフラだった。倒れそうな俺をなんとかフィガロが支え、俺の右手を天に掲げた。おっさんが支えなければ、そのまま倒れていたほど、強烈なキックだった。


 周りの観衆は一瞬静まり返った後、大声を上げ、戦った2人をたたえた。どうやらこの町では、格闘が強い奴が正義みたいだったが、決して負けた奴をけなすことはしない。むしろ面白い試合だったぞと大歓声で喜んでいた。


 後から聞いた話では、タンには誰も勝てずみんな、ストレスを感じていたらしい。当の本人のタンは悔しそうに「負けたよ」と何故か嬉しそうにしていた。


 この男同志の友情が芽生えていたころ、メロンと奥さんは呆れて、深いため息をついた。


 その後、オータムが俺を支えてくれた「よくやったよ、フィン」と言いながら、肩を貸してくれた。ここまではありがたかった。


 ここからはなぜか、決闘についての歴史を話し出した。


 記憶の遠いところで話しているオータム。


「決闘の歴史は西暦500年にさかのぼる。裁判があり、それの判決をするために『決闘裁判』なるものが、生まれた。どうやら『神は正しい者に味方する』『決闘の結果は神の審判』という宗教的なものが背景にあったようだよ。それから…………」



 記憶が戻った時には朝になっていた。


 ベッドの横にはなぜかアンコが仁王立ちになっていた。目がうつろではあったが、俺のベッドに椅子を置き、半身をベッドに、もたれかけてうつぶせでメロンが寝ていた。


「メロンちゃんに起きたら、感謝してくださいよ。ずっと心配で看病していたんですからね」

「ああ。すまん」


 いつになくアンコが怒っているようだ。蔑むような目線を俺に向けた。

「負けなくてよかったですね」


 アンコは部屋から出て行った。なぜ負けなくてよかったとアンコが言っていたのか分からなかったが、しばらくして思い出した。


「あ!」


 町の入り口には『負けたら、勝った者を主と考えよ』と書かれた木の看板が赤文字で書かれていたことを思い出した。危うく俺の主がタンになるところだった。

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