第32話 激怒

「クロエ博士は……死んだんだ」

「あん! クロエが………どうしたって?」



 俺たちの顔を見て、現実に起きた出来事だと分かったフィガロは、ビールを手から離した。俺らに向けて投げたのではなく、おっさんは手の力が抜けてしまったようでビール瓶は地面に落ちた。 


 その瞬間、言葉では表せない言葉を声に出してさけんだ。地面にびんが到着して甲高い音が鳴る予定だったが、その音は聞こえなかった。


 代わりにフィガロの声が店の中で鳴り響いた。今まで楽しそうに飲んでいたお客も異変を察知したのか、そそくさと奥さんに会釈えしゃくをして店を出て行った。


「先日、心臓発作しんぞうほっさで……死んだんだよ」


 オータムは冷静にさとすように語りかけた。心臓発作という言葉を聞き、フィガロは目を見開いた。


 そして、周りを見渡し、この店には俺たちとおっさん、奥さんしかいない事を確認した。おっさんがなぜ周りを確認したかを理解していなかった。


「あいつらか! 時はきたのか……」

 フィガロは地面に落ちたガラス瓶の破片はへんを踏みながら、自分に話しかけるようだった。


「あいつら? 時はきた?」

 おっさんの発した言葉が予想外だったので、メロンは思わず声に出していた。


 フィガロは静かに歩きだした。床は木製でミシミシと音をたて、床が抜けてしまうのではないとか思うくらいにしなった音がした。


 静かになった店内で、言葉を発することなく、無言で俺たちを奥の部屋に手招きされた。 オータムを見ると「ついていこう」と返答してきた。


 フィガロの後をついていくと店の厨房ちゅうぼうを抜け、店の裏側に出た。そこは何もない小さな牧場が広がっていた。

 この町とは違い緑の風景が広がっていた。その牧場には牧草ロールと言われる大きな藁を丸めたものがいくつか見える。


「こっちだ。……ついてこい!」

「牧草ロールかい?」


  フィガロが「ここの階段の先にある」と目の前にある牧草ロールをどけると、地下につながっている階段があった。そこを迷わずにおっさんは降りていく。


 その後を追い地下につながる階段を下っていく。大体10段の地下階段。メロンは「探検みたいだね」と言っていたが、そんなに良いものではない。


 階段を降りきると、フィガロは慣れた手つきで、ドアのノブに持っていた携帯電話を当てた。すると自動でドアが開いた。携帯電話がカギの役割を果たしたのだろう。

「もうすこし先だ」


 フィガロは中に入って、すぐのところにあった電気のスイッチを押した。先にはまだ細長い通路が続いていた。

 

 そこをひたすら歩き進める。両側には何の為に使うのか、武器が多く並べられていた。剣やライフル、銃弾とあらゆるものが揃っていた。通路の奥に進むにつれて、俺たちの会話も次第になくなった。カミルの言葉を思い出していた。


『人間の武器は信頼だ』


「ここだ! 立ち止まるなよ」

 フィガロは足を止めると、会議ができる大きなテーブルが置かれている部屋があった。椅子に座るように俺たちを促した。


「これから話す事は他言無用たごんむようだ。できるだろ!」

 断ったらまずい展開になると本能的に感じていた。喧嘩には自信があるが、おっさんに勝てる気がしなかった。俺たちは顔を見渡すこともなく、深く頷いた。


 おっさんの迫力に押されたという意味合いもあったが、それ以上に何か博士の暗号の手がかりがあるのではという考えが勝っていた。


「実はクロエとは電報を使って、この国の情報をやり取りしとった。数十年前からそういう思考を持った者たちからわしに相談がきている」


「そういう思考?」


 オータムは眉間にしわを寄せて聞いていた。

「……反乱だ。世間的に言うとだがな。わしたちは反乱ではなく革命と思っとるがな!」


 薄暗い部屋では小さな豆電球がチカチカとともされていた。どこか消えそうで消えない光に力強さを感じた。反乱とはどこに対しての反乱かを考えたが、すぐにこの国に対してだと分かった。


「反乱をくわだてている中でクロエは内情を探るために国の組織に入った。博士としてな」


「なんで反乱しようと思ったんですか?」

「自由だよ。失ったんだ……」

「自由……かい?」

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