第17話 天才ハッカー②

「んじゃ、仕事始めるかね」


 カミルは大きく背伸びをして、指体操を始めた。カミルいわく昔はキーボードをタッチして、パソコンの画面を操作していたが、今ではパソコンのディスプレイを触って操作するのが主流だ。


「というよりは、ほぼ終わっているんだけどね」


「どういうことですか?」

「それはね、もう警察のパソコンにもう、ウイルスをしのばしてるのだよ。前の別の仕事でね」


 アンコの質問に恥ずかしそうに丁寧に答えた。メロンや俺たちとは全然対応が違った。殴ってやろうかとさえ思った。


「そのウイルスがセキュリティーに小さな穴をあける。その部分から簡単に侵入できるんだ」

「バレないのかよ!」

「バレないようにするさ。サーバーをダウンさせる方法もあるけど、それは得策ではないね、この場合は。何の為にパソコンのメンテナンスの仕事もしていると思っているの?」


 カミルは自分が行う作業の手順を確認するように独り言を言っている。


「複数のパソコンを経由して、中央区までたどりつく」


 しばらく作業を続けていたカミルは無言になった。凄く集中しているようにみえた。


 パソコンの横に置いてあったコーヒーカップをメロンがふざけて少しカミルから遠ざけた。集中しきったカミルはパソコンの画面しか見ていない為か、コーヒーカップを取ろうと手を伸ばしたが、数回空振りしていた。



 その様子を見ていたメロンとアンコは声を出して笑っていた。


「なんか苦戦しているみたいね」

 メロンが暇そうに声をかけた。

「そうは見えてしまうかもね。でも、このセキュリティーは俺が開発している。つまり定期的なメンテナンスも僕が行うわけだね」

「ふーん」

 メロンは話が難しくなりそうだと思ったのか、アンコと談笑を始めた。


 オータムは「君が国のセキュリティーを?」と聞いた。



部外者ぶがいしゃであれば、このパスワードを解くのは難解だ。四桁のパスワード解読を何十にもロックしているし、解読の時間制限も設けてあり、一度間違うとまた最初から解き直さなければならない」


 カミルはオータムの質問を無視して、話をつづけた。カミルは早くも一段落したのか、ようやくこちらを見た。


「解読不可能だよ。僕以外。よし。このパソコンから以前変更メールを流した形跡があるから、今回もそうしよう」

「早すぎる」


 オータムはカミルに音のならない拍手を送った。

「今僕一人で作業をしているわけではないからね」

「そうなのかよ?」

「僕のメール一つで数百人ハッカーが動く。仕事としてハッカーができるなんて

珍しいんだよね。だから僕のもとに集まる」

「そりゃ早いわけだぜ」

「すごいですね!」


 アンコも話に入ってきた。こっちを向いて話をしていたカミルは恥ずかしそうにまた画面をみて作業を続けた。


「いや、それほどでも。よし。変更完了メールがきた!」

「ありがとうございました」


 アンコは深々と頭を下げた。その様子を横目で見て「こちらこそ」とカミルも静かに会釈した。



「で、君たちは何をしているんだよ。オータム?」

「詳しくは言えないが……」

「博士の件か! 僕もあの件は許せないよ。俺を第一発見者にしやがって」

「やはり、事件性があるのかよ!」

「確定ではないけどね。でも、きっと……。悪いね。まだ仕事が残っているんだ。帰ってくれ」



 詳しくカミルに当日の様子を聞こうとしたが、アンコが止めた。オータムも「今の一言で十分だ」と言い、俺たちは再び博士の家に戻る事にした。


「最近依頼が多いんだよ。守秘義務が売りの仕事だから内容は言えないけど、国の情報をくれだの。……まあ気をつけろよ」

「ありがとうな」


 俺はそう言い、博士の件について聞くことを諦めた。出ていこうとするとカミルからの声が聞こえた。


「博士の件、何かわかったら僕にも教えて。数少ない話し相手だったんだ」



 そう言ってカミルはまたパソコンをいじりだした。

 その背中は寂しそうに、少し震えていた。

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