第3話 初めての生の魚の肉
星天諸島の1つ、海蛇の島について次の日。
「ちょうど良かった! イタガキの養殖場のとこから魚を貰ってきておくれよ! この紙を旦那に渡せば問題ねえ」
起きてすぐにカオルさんに頼まれて、イタガキの養殖場とやらから魚を貰うように頼まれちまった。てか。カオルさん、グスター共通語、使えるんだな。シュンガンからの船はここで止まるから身に付けてはいるのか。
「本当は私が取りに行った方がいいってのは分かってはいるんだけどさ。その緊急会
議で呼ばれちまってよ。うちの旦那も同席だし」
困った顔で言われると断りづらい。宿で働いてる10歳ぐらいの女の子が向こうから見てるな。出ようか迷ってる奴だ。これ。
「チヨとかサヤとかに頼みてえけど、大きいものを持てるぐらいの力はねえんだ。かと言ってよ。周りの男に声をかけようにも、仕事があるからな。そんなわけである程度は出来そうなお前に頼んだってわけよ」
あれ……昨夜のあの人は。俺と同じ男だよな。力はそこまでなさそうだけど。
「昨日の彼は」
「おう。あの商売人は朝早くに出発したぞ。取引商談とやらをしに行ったってよ。戻ってくるのは夜じゃねえかな。色々と見て回ると言ってたからな」
仕事でこっちに来てた人なのか。日中忙しいとなると、そりゃ頼まねえよな。そもそもいねえし。俺しか選択肢がなかったってわけだな。でも昨日着いたばっかで、地理とか知らねえんだけど。
「しばらくは世話になります。なので、出来ることがあれば手伝いはしますが……迷子になりますよ。俺」
「心配はいらねえ。案内人を出す。ヤヨイ。こっちに来い」
出てきたな。着物とやらをきちんと着てて、黒髪を切りそろえた女の子って感じ
か。
「よろしくお願いします。お客様」
「こちらこそよろしく」
「出発前に食っとけよ。用意してっから」
そんな感じで魚の白身が入ってるお粥を食べて、涼しい内に出発。いや涼しくはねえな。日差しが強えし。
「いってきます」
「気を付けて来いよ」
ヤヨイに付いてくしかねえな。畑の風景を見て、家がたくさんあるとこ通って、海辺を眺めながら歩いて。木陰があるからどうにか耐えられる。あのデカいのは何だろう。そんなこと考えてる場合じゃなかったな。
「こっちです」
俺が降りたとこと違う港だな。魚とか貝とか売ってる店がある。漁港か。ここ。
「おーヤヨイちゃんじゃねえか。頼まれたんか」
「はい。イタガキさんのとこに行って、お魚を貰ってくるように言われました」
店のおばちゃんがヤヨイを見て、俺も見たな。にっこりと笑ってるし。
「赤毛の兄ちゃん。頼むよ」
俺が荷物持ちだっての、察したな。
「はい」
あ。やっべ。ヤヨイに付いて行かねえと。木の箱に氷が敷き詰められてるな。獲ったばっかのが入ってる。あっちだと捌いてるな。うげ。海と魚の匂い、慣れねえな。旅してるけど。右に曲がった。おー。海だ。あっちにある浮いている板で囲んでるのとかは何だろ。人いるし。
「あと少しで着きます」
「ひょっとしてあれが」
「はい」
あれがイタガキさんの養殖場か。ヒューロじゃ、まず無いものなんだよな。魚は捕って食べるものだし。
「よお。お使いで来たんだってな。聞いとるわ」
ちょっと歩いて到着。港の屋根のあるとこで歯が欠けてるお爺さんがいる。すげえ恰好。着てるの、ズボンみたいなのだけだ。海の上でやるからか。多分だけど。ヤヨイのこと、孫のように接してるし、普段から付き合いがあるのかもな。
「はい。こちらをどうぞ」
「おう。ちょいと待っとれ」
従業員っぽい人に頼んでるな。何言ってるのかさっぱりだけど、全部魚の種類か何かだよな。魚貰うためにここに来てるわけだし。すげえ。網でひょいってやって、捕まえて、さっさとこっちにある木の箱に入れてる。
「確認すっぞ―」
全部入れ終えて、最終確認に入ったか。漁師とか港とかの人って、声でけえ。初めて港の市場行ったとき、耳を抑えてたっけ。今はだいぶ慣れた。
「ほい。兄ちゃん、頼んだぜ」
よっと。おっも。ちょっと冷たいのは中に氷が入ってるからだ。腐るのまずいしな。暑いし。
「それじゃ。帰りましょう」
「そうですね」
寄り道しねえで、宿に戻る。お。玄関にカオルさんがいる。笑顔で手振ってる。
「カオルさん、戻ってきました」
「おう。おかえり。ここに置いとけ」
よいしょっと。ふー。重かった。おー。カオルさん、持ち上げた。台所に運んだっぽいな。
「今日は久しぶりのサシミですね」
ヤヨイ、すっげえ嬉しそう。サシミは料理名だよな。
「サシミって何ですか」
「魚を捌いて、新鮮な生のお肉をいただくものです」
ちょっと待て。え。生。魚を。お腹ぜってえダメになる奴だろ。でも普通にここだと食べて。
「だっ大丈夫ですよ。大陸から来たお客様のために、煮物とかも作る予定のはずですから」
俺の動揺、子供にも伝わっちまったか。
「気遣ってくれて、ありがとう」
昼はあっさりめの麺と揚げた野菜を食べて、のんびりと過ごして、夜に。
「ただいま」
商売やってる人、帰って来た。ヘロヘロだ。食事するとこから聞こえる足音が不規則だなと思ったら。1日外で動いてたからだろうな。
「お疲れ様です」
「飯でも食って、早く寝てろ。明日も商談あるんだろ」
カオルさんが言ってたこと、本当なら……忙しいんだな。この人。
「ええ。まあ。そうですね。いただきましょう」
「はい。恵みの神よ。ありがとうございます」
そういりゃ、昨日のおっさんたち、来ないな。毎日ってわけじゃねえってことか。煮込んでる奴、貰っておこう。あま。しょっぱい。砂糖とか塩とかと……あとは分からねえな。でもいいや。美味いし。
「余裕があったら、生の魚も食ってみろよ」
カオルさん、普通に食ってる。その隣にいる旦那も。ここだと普通なんだろうけど、不安しかねえんだよな。
「お腹、痛くならないんですか」
「新鮮なのは大丈夫だ。虫を排除すりゃ、ある程度な。まあ流石に何日も経っていると、ダメになるけどよ。ま。とにかく何事も経験だ。やってみろ」
気が乗らねえー……。だって生だぜ? 白い切り身の。
「ハイフォンシーの珍味に比べりゃマシだからな」
シュンガンにいた時は耳にしなかったな。俺がよそから来てるの、知ってるから教えなかったんだと思うけど。ちょっと聞いてみよう。
「具体的には」
あ。カオルさん、考え込んでる。
「うーん。色々だな。あそこって何でも食うから。蝙蝠とかネズミとか」
「うわー……」
マジか。蝙蝠って食えるんだ。ネズミも。えー……どうやったらそういう発想になるんだよ。
「ただの魚ですからね。大丈夫ですよ。きちんと管理してる方なので。あ。ご飯、おかわり」
商売人、食うペース早い。白飯の追加しやがった。
「強制じゃねえし。興味出た時に食いな。残ってもどうせコイツがペロリと平らげるしさ」
カオルさんの言うコイツって商売人のことだよな。普通に食ってる。美味そうに。そんなにか。よし。イチかバチか。食ってみよう。白っぽいの。
「お。挑戦するのか。臭み消しの緑色のワサビと茶色の液体のショウユに付けとけよ」
あ。これか。せーの。
「ん!?」
鼻がツーンって来たんだけど。唐辛子とは違うベクトルで辛いし。ってカオルさん、ゲラゲラ笑ってる。
「運が悪かったな。ワサビを口にしてると、たまにあるんだ。気にすんな」
「僕も普通に当たったんですが」
あ。商売人も似たようなの、当たったのか。俺だけじゃなくてホッとした。あ。思ったよりも臭みない。結構噛むな。当たり前か。火入れてるわけじゃねえし。あっさりしてて、意外に食べやすい。通りでバクバクいってるわけだよ。
「上等なものは口の中でとろけるぞ。ま。持ってきた奴で該当するのはねえけど」
「養殖成功してるわけじゃないですしね。その辺りはしょうがないかと」
カオルさんと商売人がいう養殖って一部の魚だけっぽいな。当たり前か。研究しねえと育てられないっぽいし。その辺りは農家と同じか。トルネスさん、初めて育てる種類、試行錯誤でやってたしな。
「そうなんですね」
「ええ。数年前からやり始めたものですからね。失敗ばかりだと聞いてます。ごちそうさま。それでは僕はのんびりと休ませてもらいます」
あ。商売人、行っちゃった。うっわ。白いご飯が入ってた器、空っぽになってる。はえー。
「エリアル。どうだい。初めてのサシミは」
カオルさん、楽しそうに感想聞かないでください。
「思ったよりかは食べれました。ただ……体調崩さないかが心配です」
おい。カオルさん、ププッて吹き出しやがったぞ。旦那さんは苦笑いか。
「食っててそれかい。心配はいらねえよ。毒があるものを使ってるわけじゃねえしな」
笑いながら言わないでください。聞き取りづらい。
「まあ。生の魚を食べる国はそんなにないんだ。似たようなことを言ってる人は結構多いし、気にする事はないさ」
カオルさんの旦那、フォローしてくれた。意外に俺と同じようなこと、言ってる奴いたってのが、すっげえホッとした。食べ終わった後、寝る準備したけど、思ったよりも平気だった。明日大丈夫なことを祈っておこう。食っておいてあれだけど……すっげえ不安。
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