第50話 晩餐会の準備①

「……ところで、イズンちゃん」


 次の日。

 宿屋で朝食を食べていた私は、ウルから唐突に声を掛けられた。


「何かあったか?」

「あなた、晩餐会に参加するって言っていたけれど、出るための服は用意しているの?」

「服?」


 そんなのは、普段の服装で良いだろう?


「駄目よ、駄目駄目。晩餐会にはどんな人が来ると思っているの? 貴族から庶民から様々な人が訪れるの。そうして、彼ら彼女らは、普段とは違う格好をしていくのよ。そのファッションはそれぞれ違っていようとも、普段とは違う、少し背伸びした格好をしている人も居れば、こういうフォーマルな場だと分かっている人も居る。……さて、それを聞いてあなたはどうするつもり?」

「どうするつもり、と言われてもな……。実際、服はこれしかないんだぞ。どうしろ、って言うんだ。それとも、何か服を仕立ててくれるのか? だとしても、私は絶対にそんな服を着ないぞ」

「……駄目だって、言ったでしょう? イズンちゃん、素材は良いのだから、ちょっとばかりは可愛いことをしないと、ね?」


 何かウルにとって気に入らないことでもあったのだろうか――いや、そんなことを考えたって、結局は意味がないことだ。ウルはいつも無理矢理に物事を進めようとする。かと思うと、ずっと引きっぱなしでこっちの行動を延々と受け入れることもある。ちゃらんぽらんというか何というか、どうすれば良いのか未だに分からないことがあるのは致し方ないと言えよう。ウルと出会ってから日が浅い――というのもあるしな。

 ウルは、何処からそういった情報を聞きつけたのだろう――そんなことを考えたとしても、きっとウルは情報の出所を話してくれることは先ず有り得ない。何故なら、ウルはいつも秘密主義だ。私は別に一緒に行動しようなどと思ったこともないのだが、しかしずっと別行動をされるとそれはそれで気になってしまう。だからたまに行動について確認することもあるが、いつも上手く逃げられてしまう――どうしたら良いのやら、さっぱり分からない。


「イズンちゃん、この街って何もない……あなた、そう言ったでしょう? けれども、あたしは見つけてしまったの! この街、意外と服屋さんが多い……ってことにね」

「服屋?」


 そんな店あったかな、などと思ったが私はあんまり服装に興味がないし、目に入っていても気付かなかっただけだったのかもしれない。それはそれで致し方ないな。

 でも、本当に私は服装については興味がないし、晩餐会に出るからって服装を仕立てるつもりは毛頭ないからな。そこだけは理解して欲しいし、受け入れて欲しいものだね。


「そうそう。だから、一緒に服屋巡りをしてみない? ほら、ソフィアちゃんも、お人形さんみたいじゃない?」

「それはお前の勝手な感想だろ」


 思わず心の声をそのまま呟いてしまったが、しかしそれを延々と言うつもりはない。

 というか、まさかソフィアまで巻き込むつもりなのか?


「ソフィアちゃんも、やってみたいでしょう? 晩餐会に服装を仕立てて、出てみるのを」

「……うん、興味はあるかな」


 ノリノリじゃないの。

 せめてソフィアは止めてくれないと困るのだが、しかしソフィアがウル側についてしまったことで、二対一になってしまった。多数決の原理を使うならば、私は少数派だ。くそっ、となると私はこれを受け入れるしかないということか。


「……なあ、本当に行かないといけないのか」


 最後の望みをかけて、私はウルに問いかける。その可能性は一パーセントぐらいしか存在しないのだが、


「ええ。そんな選択はないわよ。だって、晩餐会に参加するんですからね」


 晩餐会に参加するからって服装を仕立てる必要は全くないのだがな――私はそう思ったが、しかしこれ以上反論をし続けていても不毛でしかないし、時間の無駄だ。こうなるとウルはもう止まらないだろうし、だったら流れに逆らわずに従っていくしかないだろう――そうして、私は深い溜息を吐いてその場を締めくくるのだった。



 ◇◇◇



 朝食を終えて、少しの休憩時間を置いて、私達はウルを先導にして服装を仕立て上げるために、街のメインストリートへ赴いていた。

 しかし昼間であっても人は疎らだ。生活感があるのは本当に僅かな感じでしかない。限界集落という言葉を聞いたことがあるが、この街はまさにそれが成り立つのだろう。とはいえ、若者が居ない訳ではない。若者はちらほら歩いているし、高齢者もゆっくりと歩いているのもあれば、店の前で店員をずっと話しているのもある。街というコミュニティーは存在するが、全体的な人数としてが少ない――というだけだ。


「……ウル。何処へ向かっているんだ? もしかして目的地を決めて動いていないとか……」


 ウルはあれやこれや見ながら進んでいる。まるで目的地を定めていないように見えるが、もしかしてウルは目的地を決めないで歩いているのか? だとすれば、この見定めとも言える時間は無駄のように感じさせるが――。

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