第43話 自己紹介

 貴族の馬車は広かった――まあ、見た目から判別出来るのは当然のことであったのだが、いざ中に入るとその広さが見て取れる。そしてその中に居るのは、貴族と私達だけなのだから、空間を持て余していると言って差し支えない。


「どうしてこれぐらいの規模の馬車を?」

「自分の口からあまり言いたくないのだけれど、貴族というのは顕示欲の塊みたいなものでね……。つまり、自分がどれだけ凄いかを誇示する必要がある訳だ。別にしなくても良いのに、無駄に金を掛けて……」


 そんなことを言うのならば、しなければ良いのではないか――などと思いもするが、貴族には貴族の社会というものがあり、それをそう簡単に辞められることは出来ないのだろう。

 それに、貴族がそうやって金を無駄遣いすることで経済が回っていると思えば、悪くない。


「金を掛けなければならないということは確かだがね、けれどもそれを永遠にし続ける必要もない……ということだよ。しかし、これは致し方ない。兄がそうしているのと、家柄からしてそうならざるを得ない、というのがあってね――おっと、こっちの話ばかり聞いてもらってもつまらないだろうし、一度そちらの話を聞かせてはくれないかな?」

「話と言われてもな……。こっちの話はさして大して面白い話でもないし、聞く価値があるかと言われると……」

「あら、そうかしら? 私は面白い冒険ばかりを繰り広げてきたと自負しているわよ! ほら、例えば小舟で海を渡っていたら大きな蛸が襲いかかってきた話とか――」


 何だよそれ気になるじゃないか。

 ……と、こんな感じで。

 あっという間に話の流れがウルに傾いたのを確認したところで――私は窓から外を眺める。

 馬車というのはのんびり進むものとばかり考えていたけれど、それは間違っていたようだった。まるで氷の上を滑っているかのように、かなりスピードを出して景色が動いている。


「これなら、今日中にはクローネに着くかもしれないな……」


 私はそう独りごちりながら、一先ずの休息を楽しむこととするのだった。



 ◇◇◇



 クローネに到着したのは、夜になってからだった。それについては概ね想定通りではあったが、それからの待遇については流石に予想出来なかった。

 門を入ってから、馬車で進み、邸宅へと向かう。クローネの高台にあるのが貴族達が住まう邸宅が建ち並ぶエリアとなっており、本来であれば私達は立ち入ることすら許されないエリアであることは間違いなかった。

 そして、馬車が向かったのはその最奥。

 アドバリー・クローネと称される、アドバリー家の豪邸だった。



 ◇◇◇



「まさかアドバリー家の人間だったとは……」


 豪邸の中にある一室。

 恐らくは、客人を招いて料理を楽しんだりするための部屋なのだろう――部屋の中心には細長いテーブルが置かれている。そして私達はそのテーブルの前に設置されている椅子に腰掛けていた。

 クローネに到着する目的は達成した。だからさっさと分かれてしまっても良かったのだが――連れてきてくれた貴族が復讐相手でなければ、の話だが。

 問題はどうやってそいつを殺すか――というシンプルな課題なのだが、それは今考えるべき問題ではないだろう。

 お茶を飲むこともなく、私はただ室内の調度品を確認していた。毒が入っている可能性も零ではないし、貴族を基本的に信用していない。まあ、ウルやソフィアは普通に飲んでいるので問題はないのだろうが。逆にもっと警戒心を持って欲しいものだ。


「アドバリー家と言っても、様々な家系がありますからね。今の主体となって動いているのは本家と呼ばれる存在でしょう。今もなおハイダルクに住んでいると言われています。かつては勇者と同伴し世界を救ったと言われていますし、その威光が未だにこの世界で優位に立っている理由なのでしょうけれど」

「でも、勇者だなんてそんなお伽噺にも似たような話、実際に存在するのかしら? もし存在するならばもっとモニュメントとか残っていてもおかしくない? それこそ、勇者の末裔だとか居ても――」

「お待たせいたしました。いやあ、兄さんとの話が長引いてしまい、申し訳ありません」


 ウルの話を中断するタイミングで、貴族が部屋に入ってきた。


「いや、別に待ったつもりはない。我々としてもクローネに送ってくれたことは大変感謝しているし、これ以上迷惑をかけるつもりはないのだが……」

「まあ、そう堅苦しくならずに。言いたいことは分かりますけれど、先ずはちょっとブレイクタイムにしようじゃありませんか。こっちとしても、色々と話したいこともありますし。自己紹介、とでも言えば良いですかね?」


 自己紹介――か。

 そんなことしなくても、こっちはある程度一方的に誰なのかは理解しているつもりではあるが、自己紹介をするというのなら聞いてやっても良いだろう。


「私の名前はラウド・アドバリー。このアドバリー家の当主の弟……兄さんからすれば、愚弟のような存在ですよ」

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