第三章 世界最高の一族

第42話 人助け

 クローネという街は、名前こそ聞いたことはあったものの、何処にあるのかは知らなかった。デバイスで調べてみると――。


「クローネというのは、『始まりの海』に面しているのか」

「あらやだ、イズンちゃん知らなかったの? とても良いところよ、あそこは……」

「そう言われてもな。というか、ウルはそこも知っているのか? まるで行ったことのない場所はないとでも言いたいぐらいだな」

「言えるかもしれないし、そうとも言えないかもしれないわね。何せ、私は色んな場所には行っているけれど、それも興行の序で。おまけみたいなものよね。おまけである以上、幾らその場所に興味があろうとも先ずはそれにスケジュールが縛られる。だから、行ける場所も限られちゃうのよねえ。ま、それが楽しいから続けているのだけれど」

「全てをカバー出来ていない、ということか……。まあ、それは仕方ないだろうな。世界は広い、このデバイスで調べたところで分からない情報は幾らでも出てくるだろうし」

「そういうこと……。イズンちゃんも詩的なことを言うようになったじゃない。もしかして、心の変化でもあった?」


 まさか。

 そんなことはあるはずがないし、あったところでそれをどう客観視したって良い方向に転がっていった結果だとは思えない。


「心の変化があるとかないとか、そんなことはどうだって良いだろ……。それがあろうがなかろうが、私は私だ」

「自己を強く持つことは良いことね。否定はしないわ」


 現実に翻ってみると、今私達はクローネまでの道をただひたすら歩いていた。

 あまりにも遠い道程である。出来ることなら馬車でも使っておきたいところではあるけれど、そうも言っていられない。

 何せ、何時まで続くか分からない旅だ。金の入手も限られる以上、出来る限り金は大切にしておく必要がある。

 ウルが入ったことで多少財布が潤ったとはいえ、だ。


「とはいえ、このまま歩いていたらあと三日はかかるスケジュールよ、イズンちゃん……。生憎ここは街道で、多くの商人が往来する場所でもあるから、定期的に宿はあるとはいえ……」

「あるからこそ使っていかねばならないだろう? 別に宿を使いたくない訳ではないのだし」


 非効率であることは否定しないがね。


「そうだけれどねえ……」

「ねえ、イズン。あれって何かしら?」


 ソフィアの言葉を聞いて前を見ると、街道の脇で馬車が傾いているのが見えた。


「大方泥濘みにでも填まったんだろうな……。にしても大きい馬車だ」

「助けてあげませんか?」

「嫌だね。ソフィア、あんた旅の目的を忘れているんじゃないだろうな? 私の復讐のためだということを、忘れないでもらいたいね」

「いいえ、終わりゆく世界を復活させるためです。それがどういうやり方で解決するのか分かりかねる以上、こういう小さな人助けも大事ではありませんか?」

「そうよ、イズンちゃん。ソフィアちゃんの言う通りだわ」


 二対一は分が悪い。

 こちらの意見をしっかりと通しておきたいところではあるが、堂々巡りを続けるのも時間の無駄だ。


「……分かったよ、助ければ良いんだろ、助ければ。助けたところで結局何の意味もない可能性が零ではないし、寧ろそれしか考えにくいことも有り得るがね」

「捻くれているんだから。素直にやると言えば良いじゃないの。……ま、別に良いのだけれどねえ。さあ、そうと決まれば話が早いわ。あの馬車を助けてあげましょう!」


 というか、こうやって時間が流れていくのが非常に惜しい――というと、だったらさっさと馬車に乗って効率的に移動すれば良いではないか、などと言われかねないのだが、しかしそれはそれだ。効率性とコストを考えた際に、釣り合うちょうど良い落とし所で進めているだけに過ぎないのだから。



 ◇◇◇



 馬車を助けてやると、その中で一番偉いであろう――というかその人間以外兵士の格好をしていたから分かりやすかったのだが――人間が、私達に感謝の意を述べてきた。


「いや、本当に助かった! 泥濘みに填まってもう出られないのではないか、などと思っていたところだったのだ……。感謝してもしきれない」

「まあ、助かったのなら良いことだ、……じゃあ我々はこれで」


 あまり他人と関わらない方が良い。

 その方が後ほど楽になる。


「ちょっと待ってくれ。君達は旅人と考えるが……、もし可能なら一緒に馬車に乗って移動しないか? 我々の目的地はクローネなのだが」

「え?」


 流石に耳を疑った。

 実はそんなこと言っていないけれど、自分の身体が疲れて幻聴を聞いてしまったのでは、と錯覚してしまう程だった。


「今、何と? クローネって……」

「そうだ、クローネだ。私の家はクローネにあってね、これからそちらに帰るところだったのだよ。その口振りからすると、君達もクローネに?」

「ええ、まあ、そのつもりよ」


 言ったのはウルだった。

 ウルは先に口出ししないで欲しい。


「だったら、好都合ではないか。もし君達さえ良ければ、馬車に乗って一緒にクローネまで行かないか? 旅人の話も色々と聞いておきたいところだからね」

「どうする? イズンちゃん」


 どうするも何も、幸運とはこのことを言うのだろう。これを無碍にするのも、ちょっと寝覚めが悪い。

 こうして、私達は見ず知らずの貴族の馬車に乗って、快適にクローネへと目指すことに決めたのだった。


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