認知されていない病
「お、親方様、御機嫌麗しゅうようでなによりですぅ。つか、申し訳ないでごさいます……」
「のう、まこぴ君、貴様は給料泥棒って言葉知っとるかい? おま、それっぽっちの魚を
マコピと呼ばれる男は、真後ろに立たれるまで、全くその音の気配に気付いていなかった。しかし後頭部をぶったたいた男は、決して身軽そうな体型ではない。まるで逆、見上げんばかりに巨大な体躯。
ぱんぱんに盛り上がった筋肉は、服の上からでもわかる。はちきれんばかりに膨張した上着が、悲鳴をあげているようにすら見える。
仁王立ちしている。これまでの人生を気合いだけで生きてきたようなツラしとるオッサン、その迫力は半端ではない。
マコピは精一杯に潤ませた瞳を全開に見開き、親方と呼ぶ男を見つめている。そして「んふっ」という鼻息にも似た微声を発しながら片目をぱちぱちと閉じている。
どうやら可愛らしさをアピールして、親方の御機嫌を伺っているらしい。しかしどの角度から見ても可愛くはない。むしろ正反対。親方と呼ぶオッサンの殺戮本能を増大させているだけだった。
「こ汚ねぇのう、足下に魚の頭が転がっとるじゃねぇかい。それが貴様の晩飯じゃ、ポケットの中にでもしまっとけや」
いわれるがままだった。マコピはそそくさと足元に転がる魚の頭を鷲掴みにすると、ポケットに突っ込んだ。そして再び愛嬌を振りまいていた。
このマコピという名前の男が本作品の主人公。いつの日か、騎士になる事を夢見ながらも、その才能が全くないことに本人は気付いてない。
彼は重い病を患っていた。それは人間の理性すらも完全に奪い取ってしまう恐ろしい病気。厨二病と呼ばれるその病は、残念ながらこの世界では認知されていない。
妄想の世界の中で生きる彼は今、騎士どころか城下町の魚屋で下働きをしている。
「痛ッぅぅ……。あの、くそ親父、舐めやがって、いつの日か俺が騎士になった日には、アゴでこき使ってくれるわ」
辺りにもう親方の気配が無いのを確認したのちに、涙目のマコピが吐き捨てるように、ぶつくさと呟いている。
殴られた後頭部がずきずきと痛むのだろう。厨房から店外に出て、震える手で煙草の先に火を付けようとしているが、吹きすさぶ風がそれを嘲笑うかのように邪魔している。彼の苛立ちを増大させていた。
毎日の日課だった。魚の仕出しが終わった後に、回収した売上げ金をちょろまかす。それにより浮いた小銭で煙草を買う。
頭が良くないように見えるが、ばれないように帳尻を合わすような気の利いた小細工は、意外にもこの男は得意としている。
照りつける日差しが心地よい季節になってきた。とはいえ、まだまだ肌寒い。季節風と呼ばれる乾いた風が、遥か遠い異国の砂を運んでくる季節。ひどい時はまるで砂嵐だ。口を開けたままにしていると、じゃりっという砂を噛む不快な音が鼓膜に響く。
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