MAKOPIN QUEST
mako
序章 王都スタンシアラ
場末の厨房
室内は生暖かく、湿気を存分に含んだ空気が、染み付いた石壁の天井に水滴を作っている。辺りには、つんと鼻を衝く酸臭が立ちこめている。そしてむせかえるように血なまぐさい。
大粒の水滴が、天井に弧を描きながら横走りしている。そして、ぴぴっと一つ、音もなく床下の排水溝にと落下していった。
突然の落下物を背中に受けたのだ。多少驚いたのかもしれない。へどろのような汚物の堆積した排水溝の中を、じゃれあいながら走っていたネズミの夫婦が金切り声をあげている。
辺りの臭いは強烈だ。熟しすぎてしまい、婆ァさんの乳房のようにしわくちゃになってはいるが、これは何かの果実が腐敗したもの。いたるところに転がっているその萎んだ実が、生臭さと酸臭の原因である。
その周りでは、ご馳走を目の前にしたゴキブリ様の御一行が、嬉々として走り回っている。
ここが厨房なのは一目見ればわかる。部屋の中央にある調理台の上には、いくつものまな板と包丁が置いてある。しかし汚い。不衛生なんて言葉では表現しきれない。
調理台の前には男が立っている。完全に辺りの景色に同化していた。警戒心の強いネズミやゴキブリ達すらも、その存在に気づいていない。男は目を瞑っている。全ての意識を右腕に集中させていた。
「うははっ、俺の剣に切れぬものは無し、必殺の斬鉄剣じゃ!」
突然のことだった。それまでは、美術館に展示された土偶のようなツラをして佇んでいた男の右腕が動く。驚いた辺りの地を這う生き物達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていた。
それと同時に降り下ろされたのは、男が握りしめていた小型の刃物。躊躇いのかけらもない無情の刃。
ペキョっ!
なんとも小気味良い音が辺りに響く。直後に跳んだのは生首だった。断末魔の声をはない。男の足元にぽとりと落ちると、ころころと二回ほど転がって、長靴にぶつかり止まる。恨めしくも
眼下に転がる生首を醒めきった目で見つめる男。しかしどこか迫力に欠ける。どことなく、死んだ魚を連想させる、潤み、濁った瞳だった。
「ひでぶぅぅっ!」
耳障りの良い殴打音が室内に響き渡る。夏のスイカ割りで会心の一撃を出した時のように、爽快な音が室内にこだまする。その殴打音と男の悲鳴は同時だった。
「ゴルァァーーっ、マコピぃっ、くだらん真似しとらんでさっさと捌けぃっ、鮮度が落ちるだろうが、この馬鹿垂れが!」
頭を抑え、振り向く男は涙目だ。そのうるんだ視界に、うどんや
首を絞められ、死の絶望を悟った、鶏のような呻き声をあげて、うずくまっていた。
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