幼なじみは謎が解けない

壱ノ瀬和実

　艶（つや）やかな黒髪（くろかみ）がふわりと舞（ま）って、身長百十二（ひゃくじゅうに）センチの少女はぷくりと頬（ほほ）を膨（ふく）らませた。

「昨日の夜にサンタさんが来ていたなんてウソなのね！」

　水都（みと）恋（れん）、六才は喚（なげ）いていた。

　サンタクロースの存在（そんざい）を信じて疑（うたが）わない頃（ころ）というのは、見えない白髭（しろひげ）爺（じい）さんを必死（ひっし）に追いかけてクリスマスを過（す）ごしたものだ。サンタさんへ、なんて手紙（てがみ）を書いてみたり、サンタさんが来るまで寝（ね）ないなんて言い出してみたり。

　子供が無邪気（むじゃき）に抱（いだ）くそれらへの対策（たいさく）を怠（おこた）らないのも、ある種（しゅ）大人の責務（せきむ）なのだろう。

　恋（れん）の両親は頭を捻（ひね）り、「そうだ！　パパがサンタさんに変装（へんそう）してベランダから入って来て、その写真をママが撮（と）るんだ。朝になったらそれを恋（れん）ちゃんに見せよう。本当にサンタさんが来たと思って喜（よろこ）ぶに違（ちが）いない」と意気込（いきご）んだ。

　しかし、これが恋（れん）には効（き）かなかった。

　恋（れん）は早々（そうそう）におかしなところに気付（きづ）く。

　写真に収（おさ）められたアパートのベランダ、サンタ（パパ）、窓外（そうがい）の風景（ふうけい）。

「ウソだ！」恋（れん）は写真を見て叫（さけ）んだ。

「ど、どうして嘘（うそ）だと思うのかな？」

　恋（れん）のパパは慌（あわ）てた。声が震（ふる）えて、冬なのに小さな汗（あせ）をかいている。

「この写真、雪（ゆき）が降（ふ）ってないもん」

　ずばり。恋（れん）は不機嫌（ふきげん）そうな顔でそう言った。頬を膨（ふく）らませて、勢い余って「ぷんすか」とでも言いそうだった。

　クリスマス前夜（ぜんや）。つまりクリスマスイブにサンタさんがやって来（き）てくれたのなら、この写真はおかしい、と恋（れん）は言うのだ。

　恋（れん）は窓（まど）の外を指差（ゆびさ）した。そこは一面（いちめん）銀世界（ぎんせかい）。アパートの一室（いっしつ）から見える景色（けしき）と、目の前に建（た）つ住宅（じゅうたく）の屋根（やね）に積（つ）もった雪のことを恋（れん）は言っているのだろう。

　カーペットにおしりを付（つ）けて、もこもこパジャマの少女（しょうじょ）は目に涙（なみだ）を浮（う）かべながら訴（うった）えた。

「昨日（きのう）にはなかった雪が今日（きょう）はあんなに積もってるのに、サンタさんが来（き）たときに降ってないなんてウソだもん。それに、雪がいっぱい降ったら、サンタさんのお帽子（ぼうし）にもいっぱい雪があるはずだもん！」

　それは致命的（ちめいてき）なパパとママのミスであった。

　本来（ほんらい）ならば、パパたちはこの写真を、イブに撮るべきだったのだ。だが、家庭用（かていよう）の写真プリンターを持っていなかった水都家（みとけ）は、クリスマスに証拠（しょうこ）として提示（ていじ）されるべき写真を前日であるイブに撮ることなど出来なかった。数日前（すうじつまえ）に撮っておいて、写真屋さんで現像（げんぞう）してもらい、それを準備（じゅんび）しておく他（ほか）になかった。

「いやあ、それはね、えっとね」

　狼狽（うろた）えるパパの目線（めせん）はママに助けを求め、ママは引きつった笑顔で恋（れん）を見る。

　どう言い訳すればこの子は納得（なっとく）してくれるのだろう、とでも考（かんが）えているのだろうか。

「パパとママのウソつき！」

　恋（れん）は、パパとママが一番（いちばん）傷（きず）つくことを大声（おおごえ）で言った。

　だがここからが、水都恋（みとれん）が水都恋（みとれん）たる所以（ゆえん）であって、これからの彼女（かのじょ）を暗示（あんじ）する一つの分かりやすい神（かみ）の啓示（けいじ）となった。

「サンタさんは一昨日（おととい）来てたんだ！　昨日の夜来たなんてウソだったんだ！」

「……へ？」と、三人は声を揃（そろ）えて拍子抜（ひょうしぬ）けした。

「雪が降ってないってことは、サンタさんは一昨日来たんでしょ。それなのに、パパとママはプレゼントを隠（かく）してたんだ。ひどい！　せっかくサンタさんがくれたのに隠すなんて、サンタさんかわいそう！」

　これが、今日まで続（つづ）く水都恋（みとれん）の姿（すがた）である。

　鋭（するど）い観察力（かんさつりょく）から驚（おどろ）くほど的外（まとはず）れな回答（かいとう）を導（みちび）き出す。

　でありながら、我が娘となると愛らしくて仕方のない回答に、恋の両親はニンマリと笑いながら恋（れん）の頭を撫（な）で、随分（ずいぶん）と幸せそうな声で、

「ごめんねぇ恋（れん）ちゃん、かわいいねぇ恋（れん）ちゃん」と甘やかすこと甘やかすこと。

　なおもぷっくりと膨れる頬はほんのり赤らんで、「パパもママもキライ！」といじけているような、照（て）れているだけのような。それでもプレゼントを抱（だ）いて離（はな）さない娘の姿に両親はまたデレデレ。

　そんな様子（ようす）を見ていた俺（おれ）だけは、恋（れん）の両親の愚策（ぐさく）をどこか羨（うらや）ましげに眺（なが）めていた。

　写真の裏側（うらがわ）に撮影（さつえい）された日付（ひづけ）が書かれていること。いつもならもっと綺麗（きれい）に映（うつ）るデジカメで写真を撮っている恋（れん）のパパが、あまり綺麗に撮ることが出来ない使い捨てカメラを使って、サンタの正体を誤魔化（ごまか）そうとしていること――そしてそれを現像する手間（てま）が、おそらくはクリスマス前に撮っておかなければならなかった理由の一つだ。そして何（なに）より、既（すで）にカメラ付（つ）き携帯電話（けいたいでんわ）を持（も）っているはずの恋（れん）のパパが、それを使わずに撮っていること――当時（とうじ）の携帯カメラはカシャリと大きな音が鳴（な）り、恋（れん）を起こしてしまいかねないからだろう。