第6話

 ヴンヴンヴンヴン! と連続する無機質な音と共に、異様な光が斜め上空から差し込んできた。


「なっ、何だ!?」


 俺は腕を翳し、その妖しい輝きから目を守る。青空にぽっかりと浮かんだエメラルド色の光。目が慣れてきたのを感じ、俺は腕を下ろした。

 出現したのはただの光ではない。円形の魔法陣だ。それが四つ、この戦場を包囲するように展開している。


(双方武器を収めよ。さもなくば、我々魔術師種族はその力を行使せざるを得ない)


 随分と厳めしい言葉遣いだが、その中にはあどけなさがある。というか、幼女が頑張って強がりながら話しているといった風だ。


「どこから聞こえてくるんだ、この声……?」

「声じゃない、思念だ」


 サンが答える。


「ベルのやつ、ちゃんと約束を守る気はあるみたいだな」

「べ、ベルって誰だ?」

「後で話す。今は魔法陣から目を離すな、トウヤ」

「これがお前の言ってた援軍か?」

「いや。だけど今はこっちの方が有利だ」


 そんなサンの言葉が終わる直前、銃声があたりに響き渡った。


「うわあ、魔術師共の襲撃だぁあ!」


 機甲化種族のうちの一人が、恐慌状態に陥って銃撃を始めたのだ。


「待って! 撃たないで!」


 サーベルを翳されているのにも構わず、エミが叫ぶ。しかし時すでに遅し、だった。

 四つの魔法陣は、甲高い音を立てて高速回転を始める。光もどんどん煌びやかになっていく。そして、シュン、という甲高い音と共に、目の前が七色の光に覆われた。


 それが魔法陣中央から発せられた光線だと認識するのに、しばしの時間が必要だった。

 俺が顔を上げて目をパチクリさせると同時、驚くべき光景が目に飛び込んできた。


「あ、あれ……?」


 下草に覆われていた広場は、いつの間にか荒野と化していたのだ。

 まるで緑が、丸ごと焼き払われてしまったかのようだ。

 ただ、武闘家・機甲化問わず、人がいるところだけ緑が残っている。あの魔法陣の主に、俺たちを殺傷する気はなかったらしい。

 これが魔術師種族の力なのか。


(再度警告する。双方武器を収めよ。そして機甲化種族の者たちよ、速やかにこの場から立ち去るがよい。これ以上は繰り返さぬぞ)


 ヴン、という不思議な、しかし攻撃的な音が再度響く。

 するとサンは、素早くサーベルを投げ捨てた。


「失せな、エミ。あんたたちの部下も全員、武装解除させるんだ。どうせあたいらには扱いきれないから、武器を鹵獲されることは心配しなくていい」

「そうするしかなさそうですね」


 サンのみならず、エミもまた極めて冷静だった。


「総員武装解除、市街地へ戻ります」


 そのエミの言葉に、うずくまっていた機甲化種族の者たちは次々と武器を外し始めた。自動小銃、拳銃、ナイフ、手榴弾。


「自動小銃を三丁と弾倉を十個ほど、持たせていただいてもいいですか? この先の森を抜けるのに必要かと思いますので」

「ああ、そのくらい構わねえよ。とっとと失せな」

「ありがとうございます」


 無機質な声でそう言って、エミは部隊を引き連れてこの場を後にした。

 それを見張っていたのだろう。魔法陣は、今度はほわん、と穏やかな音と共に姿を消した。


         ※


 先ほど長老と話をしていたテントにて。


「説明が途中になってしまってすまなかったのう」

「い、いえ、長老こそ、ご無事で何よりです」


 俺は正直な心境を打ち明けた。この爺さん、素直に後方に退避してくれていれば文句はなかったんだが、片腕が包帯でぐるぐる巻きなんだよな。やっぱり参戦していたのだろうか? 無茶しやがる。


「心配いらねえよ、トウヤ! 長老はあたいの育ての親なんだ、殺しても死なねえよ」

「おい、縁起でもないこと言うなよ!」


 サンがへらっ、とした態度でそう言った。しかし俺は、それが許せない。脳内に熱湯を注ぎ込まれたような感覚に陥る。

 そこからはもう、我慢ならなかった。俺は拳で床を叩き、勢いよく立ち上がっていた。


「どっ、どうしたんだ、トウヤ……?」

「人が死ぬとか傷つくとか、俺はもう嫌なんだよ! それでこんな世界は嫌だと思ってた矢先、異世界に来られたと思ったら、戦争の真っ只中じゃねえか! 勘弁してくれよ! 人間ってのは殺し合いにしか目がねえのか、ええ!?」


 言葉を失うサンと、敢えて言葉を慎む長老。

 いつの間にか肩を上下させていた俺は、一つ深呼吸をして再び座り込んだ。


「どうせこっちの世界で合流するなら、魔術師の連中の方にしたかったぜ。あいつら最強じゃねえか。声しか聞いたことないけど」


 だったら俺が懇願すれば、殺傷行為をやめてくれるだけの余裕があるかもしれない。

 そもそも『神の座』を目指すにあたって、必要なのは高位の魔術師の力だと長老も言っていたではないか。


 しかし、長老の口にした言葉は、全く以て意外なものだった。


「もしトウヤ殿が魔術師種族に――あのベル・リアンナの手中に落ちていたら、もっと酷い殺戮が行われていたでしょうな」

「はっ? どういうことです?」

「理由は定かでありませんがな……。魔術師種族の現当主、ベル・リアンナは、幼いながらに『殺戮の女王』の名をほしいままにしておるのです。もし先ほどの場にいたのが機甲化種族だけだったら、容赦なく皆殺しにしていたでしょうな」

「ベル・リアンナ……」


 そう言えばサンが、ベルという名前を口にしていたっけか。


「機甲化種族の連中が救われたのは、我々武闘家種族が魔術師種族と停戦協定を結んでおるからじゃ。まあ、魔術師種族が本気を出したところで、我々には敵うまいがのう」

「ふむ、そんなことが……って、えぇえ!?」


 長老は今何と言った? 魔術師種族より自分たち武闘家種族の方が強い、と?


「どうにも意外そうな顔をしとるのう、トウヤ殿?」


 あぐらをかいた膝に肘を載せ、掌を顎にあてがいながら、長老は軽く口角を上げた。


「相性の問題じゃよ。我々武闘家種族の天敵は機甲化種族。あの銃器を喰らったらひとたまりもない。じゃが、機甲化種族の天敵は魔術師種族。それはさっき、お主が見た通りじゃ」

「で、でもそうしたら、武闘家種族が一番弱いってことに……?」

「おいおい、勘違いしてもらっちゃ困るぜ」


 テントの隅でサーベルを研いでいたサンが語り出した。


「気迫の問題なんだよ、気迫! 魔術なんて、あたいらの気迫の前じゃ霞んで見えるぜ」

「え? えっ?」

「なあトウヤ、お前のいた世界には、じゃんけんってあったか?」

「ああ、あのグー・チョキ・パーのやつだろ?」

「あれと同じ現象が、あたいらの間で起こってるのさ」


 ん? んん? どういうことだ?

 いや、じゃんけんの意味は当然分かる。だが、それが各種族の勢力と対応しているというのか? 何なんだ、その取り決めは?


「不可解に思われても仕方のないことじゃ、トウヤ殿。じゃが、事実は事実。儂らはこれが当然と思って生きてきたから、違和感は覚えないがのう」

「つ、つまり、武闘家は機甲化に弱くて、機甲化は魔術師に弱くて、魔術師は武闘家に弱い、と?」

「なあんだ、呑み込みは早いんだな!」


 俺の肩に手を載せるサン。


「そうと決まりゃあ出発だ!」

「出発? どこへ?」

「はあ? 決まってんだろう、『神の座』だよ。さっき話したろ?」


 そうだった。その矢先に機甲化種族の襲撃を受けたのだ。

 俺が納得する様子であるのを目にしたのか、サンは俺の肩をぱしんと叩いた。


 それから踵を返し、テントを出て皆に招集をかけている様子。さて、何をするつもりなんだか。

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