第12話 6月13日(逃亡生活十一日目)上

 早朝より始まった天王山での松田政近と堀尾吉晴の戦は秀吉軍の堀尾に軍配が上がった。


 午前、明智軍先手の伊勢貞興・諏訪盛直・御牧景重と高山右近が交戦しだした。その最中、左翼から中川清秀、右翼から池田恒興の軍に挟み撃ちにされると、明智兵は大きく動揺した結果、伊勢貞興・諏訪盛直は討死、御牧景重もまた突撃して討死する。

 この時、秀吉は前線に到着すらしていない。


 そして昼頃「羽柴秀吉と織田信孝が2万の兵を率いて一里足らずの場所まで迫ってきている」と知らされ、明智軍は総崩れになり逃亡する兵士が相次ぐ。



 その一方で


 

 天王山麓付近で茂みの中に身を潜める信長達。


「ちょっとめちゃめちゃ兵士いるんですけど……」

 

 松田政近と堀尾吉晴との戦に巻き込まれていた。


「うわあぁー」


 近くで激しい斬り合いが繰り広げられ、斬られた松田兵がふらふらと信長達が潜む茂みに近付く。その兵士に追い打ちをかけるが如く、堀尾兵が傷きふらつく松田兵の腹へ刃を突き立てた。

 刃は男の体を貫通し、潜む信長の目と鼻の先にて止まった。


「あぶっ(危な)!」

 信長は驚いた拍子咄嗟につい声を洩らしてしまった。すぐに口を手で塞いだのだったが、堀尾兵の目線は松田兵から信長達の潜む茂みに向けられた。

 堀尾兵は松田兵の体に突き刺さった刀を抜き構えながら、じりじりと茂みにすり寄って行く。


「ニャン!」

 信長、決死の猫の鳴きマネ。


「信長様、それはさすがにないですって……」

 影武者は信長の耳元で囁く。


「はぁー」と、ため息をつき戦闘を覚悟し成利は身構える。


 堀尾兵が刀で茂みをそっとかき分けようとした瞬間、しゃがんだままの明智光秀は静かに刀を抜き誰よりも早く動いた。


「あ、がっ!な……」


 風の如き静かに雷の如く瞬時に明智の刀が男の急所に刺さる。それは堀尾兵が信長達を認識するよりも先であった。さらに明智は倒れ逝く堀尾兵の片足を掴み、茂みの中へ引きずり込むと口を塞ぎ止めを刺した。


「すごいね、明智ちゃん」


「さすがでございます明智殿」


 信長と影武者に褒められ明智は照れた。


「久々に信長様に褒められた気がします。嬉しいです」


「そう? 可哀そうに……」

 信長は影武者をチラッと見た。


 影武者は何処か気まずそうで

「いえ、私は私で殿の事を思って行動していた訳でして」


 その時、成利が影武者の口を塞ぐ。

「しっ、静かにまた兵が来ます。ひい、ふう、みぃ、よ、いつ」

 

 辺りをキョロキョロと見渡しながら、信長達の茂みに近付く5人の堀尾兵。

 

 この時、すでに松田兵は堀尾兵に敗れ撤退。下山している所をさらに山の麓からの堀秀政の攻撃を受け松田軍は壊滅するのだったが、信長達の前に現れた堀尾兵は松田兵の残党を狩り、手柄を挙げようとするやから達であった。


「五人なら楽勝ですね」

と、言うと影武者は立ち上がる。


「いつもの作戦で行きますか」

 成利は微かに笑みを浮かべ立ち上がる。


「なかなかもって心強い方たちだ」

 続いて明智も立ち上がった。


「いやだなー」

 信長が立ち上がろうとすると、成利は手仕草で「待て」と合図を送った。


「だよねー。足手まといだもんね、ここで隠れてるね」


 堀尾兵は成利達を見つけ臨戦態勢に入る。


「松田兵の残党か! 鎧も与えて貰えぬとは下っ端もいいところだな」

 堀尾兵は成利達にすっかり油断していた。


 ヘラヘラとあざけりながら近寄る堀尾兵に成利は言う。

「はぁー弱いヤツほど良くさえずる」


「ハハハ、最近成利殿はため息が多いですな」


「五月蠅い、影武者。誰のせいよ!」


「す、すいません」


 威風堂々たるその立ち姿に少し動揺を見せる堀尾兵であったものの

「ええい、雑魚共が調子付きよってからに!」と、

 五人の兵士が一斉に成利達へと襲い掛かる。


 堀尾兵達は武士の寄せ集め集団。片や成利達は、戦国に名を残そうと幼き頃より剣術に明け暮れた精鋭中の精鋭。双方の戦いは言わずと知れた結果となり、一方的に信長勢の勝利で幕を下ろした。



「では、いつもの作戦で」


 信長達は成利の案で倒れた堀尾兵の鎧を剥ぎ取りそれを着る。

 そして、そのまま堀尾兵に紛れ下山を試みる。




 夕刻、明智光秀(影武者)は相次ぎ逃亡し総崩れとなった軍を立て直す事ができず、3,000の兵を連れ勝竜寺城へ立て籠もる。


 信長達は影武者明智光秀を追う。

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