第6話 6月8日(逃亡生活六日目)

「起きてください信長様--!]


「ん……」


 成利の大きな声で目を覚ます信長。


「どうしたの蘭ちゃん、朝から賑やかだね」

 低血圧気味の信長はノソノソと布団から這いずり出てくる。


「朝ではありません! もう昼ですよ。明智の元へは行かないのですか」


 信長は頭をかきながら座り込む。

「だって、入れ違いばかりで疲れちゃったんだもん。もうどうでも良くない?」


 成利は信長を叱咤する。

「良くありません! 私達をこのような目に合わせた明智を放っておくなんて

信長様の名に傷がつきます」


「俺は別にいいよ。名とか気にしないし」


 ぶつぶつ言う信長を懸命に説得しながら支度をさせる成利。

 そして、支度を済ませた信長と成利は馬に乗り坂本城に向かう。


 この日買い出しのため朝から町へ出かけた成利は、馬商人を見つけ馬を一頭買い付ける事できた。

 そのため、二人は別々の馬に乗り坂本城を目指す。快適な乗り心地に喜びをあらわにする成利に 対し、信長はどこか残念そうな顔をしているように見えた。


 

「蘭ちゃん、刀買ったの?」


「ええ、今日馬を買ったついでに近くの刀鍛冶に売ってもらいました。

刀がなければ、いざという時に殿をお守りできないので」


 実のところ信長は剣術にそれほど長けてはいない。

 その何故か? 剣術修行をサボっていたからである。信長はわらべ時代、城を抜け出しては町の子供達と相撲や石合戦などで戯れ、大人になってからは影武者に全てを任せ悠々自適の生活を送っていたからである。

 そもそも、軍を指揮する大将が自ら最前線に立つ事などは稀であり、大将個人の強さは戦においてさほど問題ではない。


 剣術というものを全くもって鍛錬してこなかった信長よりも、

幼き頃より父である森可成よしなりに鍛え上げられた成利の方が信長より余程強かった。


「素手での喧嘩なら少しは自身あるんだけどなぁ」

 ぼやく信長。



 実際、信長は弱いかった? との説もあり、かの上杉謙信に「弱い」と罵倒されたという話もある。では何故、信長が強かったか? と言うと、奇襲作戦や鉄砲三段打ちなどの戦法を思いついた発想力と豊かな経済力である。

 商業に力を入れ巨額の資金を持っていた信長は、その金で兵士や鉄砲を大量に手に入れ戦を有利にしたとの説がある。

 



 坂本城に到着した信長と成利は、馬を近くの木に括り徒歩で門まで近付いていく。 門の前に行くと、今回は始めから成利が門番に声を掛ける。


「私、光秀様へ急報の知らせを告げるべく参った伝令の者です。光秀様は在城でしょうか?」


 すると、門番は答える。

「今はそれ所ではない! 用があるなら代わりに聞いてやる。言ってみろ」


 成利は安土城と同じ作戦を遂行する。

「羽柴秀吉の軍勢が明智様を討伐せんとして、こちらへ向かっております。詳しい詳細は直接殿とお会いしてお話しとうございます」


 険しい顔をした門番が成利に強い口調で言う。

「その事はとうの昔にこちらの耳に届いておるわ! だから今、厳戒態勢をとっておるのだ。殿は戦の準備で忙しい! お前達のような下賤の者に会う時間などない」


「えっ、マジ?」

 思わず信長は門番に聞き返す。


「現に秀吉の軍は毛利軍と和平し、すでに姫路城に滞在中との報を受けておる。お前達、伝令兵のくせにそんな事も知らないのか?」


 信長と成利はパカっと口を開け、お互い顔を見合わせた。

 信長はひそひそ声で成利に話す。

「蘭ちゃんの言ってた嘘が現実になっちゃったみたいなんだけど……」


「はい、まさか本当にそうなるとは」

 成利はあまりの出来事に愕然としている。


「おい、お前等いつまでいるつもりだ。早く居ね! 邪魔だ」 

 二人は門番にあしらわれ、すごすごと馬の場所まで戻って行く。


 成利は悲しそうな顔で信長を見る。

「信長様、残念でございますがどうやら明智とは会えそうにありません。いかが致しましょうか?」


 信長は少し考えた後「よし」と言い、馬に跨った。


「何処へ行かれるのですか?」

と、成利が尋ねると信長は答えた。



「うん、腹が減ったからご飯食べに行こうよ!」


「えっ? は、はあ」



 成利は『本当の大物』とはこういう人物を言うのかな? 

と、ふと思ったのであった。

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