第36話 俺と付き合って下さい
勢いで草壁を抱き締めて、春人は腕の中に彼女がすっぽり入ってしまったことに驚く。
彼女は小さいと頭では分かっていたはずなのに、普段の言動やイケメンぶりが酷くて、すっかり忘れていた。いつだって、彼女の姿は眩しくて大きいと、春人自身が感じていたからかもしれない。
力の限り抱き締めたかったが、そうしたら彼女が潰れてしまうかもしれない。
それくらい、彼女は小さくて、柔らかかった。
手の平や腕から伝わってくる体温が熱い。どくどくと鳴り響く心臓が混ざり合って、どちらのものか分からなくなっていった。
そうして、どれだけの静かな時間が流れていったのか。
「……あの、草壁さん」
「……」
「そ、そろそろ、何かリアクション欲しいんだけど」
「……」
腕の中が、全く
もしかして抱き締められるのが嫌すぎて硬直したのだろうかと、少しだけ身を離すと。
「――――――――」
彼女の顔は、真っ赤だった。
ぷしゅーっと湯気が噴き出そうなほどに
「……草壁さん?」
「……」
「草壁さん。おーい」
「……は、……はっ⁉」
ぺしぺしと彼女の肩を軽く叩くと、ようやく我に返ったらしい。
「い、い、いやあ! こ、こ、こ、これは、そ、そそそそ想定外だったよ!」
「……」
「いやあ、その、……こ、こ、こんな風に、積極的に、その、だ、……だだだだだ抱き締められたら、どう返して良いのか、……わ、分からないね!」
はっはっは、と大きく笑い飛ばす彼女の顔は、やはり真っ赤だ。どこまでも真っ赤に過ぎて、春人は口元を手で押さえる。
笑い飛ばしてはいるが、彼女の瞳は少しだけ濡れた様に
――もしかして、踏み込まれると弱いのか?
そういえば、攻撃が最大の防御タイプは、攻撃を受けるとひどく弱いと聞いたことがある。
まさか、彼女もそういうタイプなのだろうか。
別に彼女は攻撃をしているというわけではないのだが、一線は引いているとはいえ、あれだけ踏み込んでくる性格なのにと驚かされた。
踏み込んでくるのに、踏み込まれると弱い。
――ほんと、なんて意外な一面だろう。
彼女に思い切って踏み込んでみなければ分からなかった。
だからこそ目にすることが出来た別の顔が、とても愛しい。
「……草壁さんって」
「な、なんだい?」
「可愛いね」
「――!」
ぼんっと、またも顔が爆発して、更に真っ赤になった。もうこれ以上赤くはならないだろうと思ったのに、更に濃くなるのかと春人は感心する。
だから、――少し意地悪がしたくなった。
「ねえ、草壁さん」
「な、ななななんだい⁉ これ以上何があるんだい⁉ 心臓が爆発し過ぎて持たないよ⁉」
「俺、まだ告白の返事をもらってないんだけど」
「えっ⁉」
裏返った声で叫ぶ彼女に、春人はぶはっと噴き出してしまった。
ここまで彼女を
「き、き、君! 私を
「うん。結婚しようか」
「――えっ⁉」
「結婚。だって、毎日プロポーズしてくれてるんだよな? だから、俺の返事」
「えっ⁉」
軽く返事をする春人に、草壁は今までにないほどに動揺していた。今日は色んな彼女の意外な反応を見ている。楽しいな、と嬉しくなった。
そうだ。楽しい。
彼女といるのは、とても楽しい。
「草壁さん」
「こ、こ、今度は何だい⁉ ちょっと、もう心臓が本当に爆発したまま破裂して
「好きだよ」
「――」
彼女から身を離し、
最初の日。彼女が告白してきた時とは逆だ。あの日は夜が来るよりも前の時間帯だったが、この昼と夜が混じり合う綺麗な景色も彼女には似合うだろう。
右手を差し出して、春人は目を細める。彼女が呆然としながらも、どこか震える様に真っ直ぐ見つめてくる瞳が印象的だった。
甘い瞳。甘い
彼女の様には出来ないけれど。
「草壁さん、好きです」
「……っ」
「俺と、付き合って下さい」
左手を胸に当て、春人は改めて告白した。
それを、彼女は泣きそうなほどに顔を
けれど、春人の真剣な眼差しに、彼女は満面の笑みを咲かせて。
「……もちろんだよ! ――春人君!」
ぱっと、今までで一番可愛い笑顔で、ばしんっと右手を差し出してきた。
少し痛かったけど、彼女らしい。そんな彼女が、春人は好きだ。
初めて直接名前を呼ばれて、甘い快楽が心の中に広がっていく。
好きな人に名前を呼ばれることが、こんなにも幸せだとは思わなかった。
だから。
「ありがとう。これからもよろしく、――美晴さん」
名前を呼び返して、立ち上がる。
初めて名を呼ばれて驚いた草壁――美晴が、咲き零れる様な泣き笑いを見せた。
その帰り道は、二人の未来へ繋がっていると信じて。
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