第14話 好きな気持ちには素直になるべし


 モッスンバーガーで注文をし、食べ物が運ばれてきた時のテーブルの上は凄まじいほど豪華だった。

 リングとポテトとナゲットの各十個入りが三セットに、シェイクが三つ。春人のバーガーは一つだったが、草壁が頼んだバーガーはおよそ大の男が一人で食べるにしても恐ろしい量だった。モッスンもりもりとダブルばくばくにくにくという名前は、伊達だてではない。


 だが、凄まじかったのはその後だった。


 いただきます、と手を合わせて嬉々として頬張る草壁は、見事な食べっぷりを披露した。一見すると可愛らしい小さな口が、がばりと大きく開き、あごが外れそうなほど重なるバーガーに綺麗にかぶり付いていた。

 途端、ぐあっとパンズで挟んだ横から具材が豪快にはみ出たが、それを草壁は綺麗に口を移動して受け止めた。口の中に大きく頬張ったバーガーの欠片かけらがあるはずだが、更にはみ出たもろもろの具材を頬張るあたり、口の中は魔境らしい。

 そのまま、あっという間にぺろりと一個を平らげ、更にもう一つの顎が外れそうなほど大きなバーガーをもりもり食べていった。

 時間にして、五分ほどだろうか。

 早すぎ、と思いながら観察していた春人は、バーガーに未だ口を付けていないことを思い出したのだった。


「……い、いただきます」


 手を合わせ、春人はスパイスモッスンバーガーを一口かじる。

 途端、ふわふわなパンズの甘みとトマトの酸味が口の中に広がった。遅れて、肉厚なハンバーグを迎え、噛み締めたそばから肉汁が豊かにあふれて旨味を染みこませていく。

 レタスのしゃきしゃき感が更にアクセントとなって味に彩りを添え、噛み締めるごとに様々な食感が春人の口の中を楽しませていった。

 ごっくんと飲み込んだ後に吹き抜ける、程よい辛みと肉汁の香りが、口の中に嬉しい余韻を残してくれた。


「はあ。やっぱりスパイスモッスン、美味うまっ」

「なるほど。須藤君は、辛いのが好きなんだねえ」

「まあな。これを食事にする時は、もっとスパイス祭りにする」

「はっはっは。それは良いことを聞いたよ。須藤春人調査メモに記しておかないとね!」


 ――須藤春人調査メモって、何。


 そんな疑問を顔全体で語りかけると、草壁はきらりと胸元のポケットからメモ帳を取り出した。ぱらぱらっと軽やかにめくる指先の動きまで、いちいち華麗でカッコ良い。



「私に情報提供をしてくれた、T・F、冬馬伏見氏と、K・S、和樹澤村氏によると、君はモッスンバーガーがお気に入りだと教えてくれてね!」



 ――イニシャルにした意味ないな。



 思い切り情報提供者を暴露している草壁に、実は隠す気ないだろと悪態を吐きたい。むしろ、勝手に春人の好みをしゃべった親友二人にも悪態を吐きたかった。明日問い詰めようと深く誓う。


「実は、私もモッスンバーガーが大好きだったから、ちょうど良いと思ってね! それに、十周年記念をするくらい根強い人気を誇るゴーたんとのコラボもやっていると知って、君を誘おうと思ったのさ! うん! 実に自然に誘えたんじゃないかな?」

「そうだったかな。……屋上の一件の後、玄関先で突然、よし、モッスンバーガーに行こう、モッスンバーガーが食べたい気分だ、モッスンバーガーを食べながら結婚しようって、最後は訳分からない感じの会話しか覚えていないんだけどな」


 いきなり誘われた印象しか無かったのだが、草壁にとってはごく自然な誘い方だった様だ。彼女はどう自然に誘ったとしても自然に見えない気がするから、今更である。



「ゴーたんは、私の弟が好きでね。だから、この三セット目は弟へのお土産さ!」

「え」

「あと、君の親友二人に、君は可愛いものが好きだと聞いてね!」

「――、え」

「あのレジでの動揺っぷりを見るに、君もゴーたんが好きなのかい? それなら、ますます誘った甲斐があったね!」



 とんでもない事実を暴露され、春人は二重の意味で衝撃を受けた。

 まず草壁の弟がゴーたんを好きなことにも驚いたが、更に友人二人が春人の可愛いもの好きを暴露したことにも驚いた。どくり、と心臓が嫌な風に暴れる。

 彼らは、春人が可愛いものが好きという理由で嫌な思いをしたことを知っている。だから、今まで誰かに打ち明けたことは無かったはずだ。

 それなのに。


「……。あの二人。俺が可愛いものが好き、だって。本当に言ったのか?」

「うん! 毎日君がいないところで、君のことをいかに好きか、いかに顔が良いか、いかにカッコ良いか、いかに君のカッコ良いのに時々見せる可愛さにフォーリンラブなのか、いかに君のことが知りたいくらい好きか、いかに君の好みを知ってハートを鷲掴わしづかみにしたいか、いかに――」

「――うん。うん。分かった。うん。分かった。それで?」

「ということを、懇切丁寧に一生懸命誠意を込めて、君がいなくなるたびに伝えたら、君の好みをぽつぽつ話してくれたよ! 何だか疲れた様な顔をしていたけど、やはり疲れた顔なら君がナンバーワンだね! 君の疲れた顔はこれ以上ないほどの色気をかもし出すカッコ良さがあるよ」


 さらっと、カッコ良いという単語を隙を見て差し込むあたり、草壁は羞恥心というものがないのだろうか。

 おかげで、周りにいる客の目が痛い。生暖かく見守る目や、ドン引きしている目、きゃっきゃと騒いでいる目など、本当に居た堪れなかった。草壁は、いつどんな時でも人目を引き過ぎる。

 だが、なるほど。これは、二人も根負けしたのかもしれない。気持ちはよく分かる。


「そう。……そう。二人とも、話したんだな」

「うん! 私なら大丈夫だろうって、そんな呟きも漏らしていたけど。そんなに君の好みは、他の人にはトップシークレット扱いなのかい?」


 心底不思議そうに首を傾げる彼女に、春人はどうしようと迷った。あの二人が草壁なら大丈夫だろうと漏らした意味も、今なら何となく理解出来る。

 彼女は現在進行形で、春人が可愛いもの好きなのを全く馬鹿にしていない。

 むしろ、弟も同じだとあっさり漏らしていた。男が可愛いものが好きだということに、抵抗は無いのだと知る。


 話しても、大丈夫なのだろうか。


〝何、それ。――そんな顔してカワイイもの好きとか。幻滅〟


 あの時の様に、幻滅されないだろうか。


「……、……」

「須藤君?」

「……、……うん。好きだよ。ゴーたん」


 目を伏せながら、春人は遠慮がちに告白する。視線が下に向いてしまったのは、彼女の反応を見るのが恐かったからだ。

 顔が強張るのが自分でも分かる。鏡を見たら、春人はひどく怯えた様な表情をしているのではないだろうか。

 好きなものを語るのに、何故こんなにも緊張しなければならない。

 だけど。



〝その年でぬいぐるみとか、――キモッ〟



 ――だけど。



「須藤君」

「……っ、な、に」

「どうして好きなのことを語るのに、そんなに恐がっているんだい?」

「――」



 心から不思議そうに尋ねてくる口調に、春人は顔を上げる。

 視線の先にいたのは、いつもと変わらない草壁の能天気な笑顔だった。

 だが、瞳にはどこか真剣な色が宿っている。春人の内部を暴く様な強烈な輝きに、ぎくりと体が震えた。


「ゴーたんのことが好きなんだろう?」

「……、ああ」

「じゃあ、もっと喜びあふれんばかりに好きだー! って叫べば良いじゃないか。弟なんか、ゴーたん最高、このゴーたんの後ろ姿のフォルムがまた良いんだ、とかよく無表情で呟いているよ!」


 無表情なんだ。


 弟はどうやら、草壁とは正反対の在り方らしい。それでも、言葉の内容を聞くあたり、さして性格に違いは無さそうだと生温なまぬるい笑みになる。

 だが、そうか。彼女の弟は、堂々と宣言しているのか。

 少し、羨ましい。

 そうだ。本当は。



 ――俺も、隠すことなくゴーたんが好きだと言いたかった。



「……。……俺、昔、祖母にゴーたんのぬいぐるみをもらって」

「ほう! おばあさま! ぬいぐるみと言ったら、当時はなかなか入手しづらかったはずだよ。おばあさまは、須藤君が大好きだったのだねえ」

「……っ、うん。……それで、俺、今でもそのぬいぐるみ、大事に持っていて」

「おお、良いねえ。ゴーたんと戯れる須藤君か……カッコ可愛いというのは、まさにその光景を指すのだね……」

「……、……ゴーたんは、俺の、祖母の、形見で、……」

「そうなのかい。それは、とても大切な宝物だね。だったら、ますます胸を張って好きだと言えば良いのではないかい?」



 一つ一つに、いつもの軽い調子で、けれど真面目に彼女は相槌を打ってくる。

 どこにも馬鹿にする響きは含まれていない。本気で春人の言葉を受け止め、思ったことを伝えてくれていると分かった。

 けれど、それでも恐かった。

 上辺では取りつくろっても。


〝その年でぬいぐるみとか――〟


 本当は――。



「……に、似合わなくないか?」

「……はい?」



 頓狂とんきょうな声は、珍しく草壁にしては間が抜けて聞こえた。本当に彼女らしくないな、と春人はこんな時なのに笑いそうになる。


「だって、……俺、その、可愛いものとか似合わない容姿っていうか」

「はあ? 何故だい? ホワイ? 意味が分からないね! 君のどこが可愛いものが似合わないと言うんだい。これほどまでに似合う人材はいないね!」

「は……」

「断言するよ! 須藤君! 君が今、ここでゴーたんのぬいぐるみを抱き締めながら笑いかけてくれたら、……っ、おおっ! 可愛すぎて死ぬ! カッコ良さの中に甘い可愛さがあるとか、……どんな天国なんだい……っ! 私は今、最高の須藤君天国の中にいるよ……っ」


 ごん、っと草壁が額をテーブルに叩きつけた。あまりに痛すぎる音に、春人の方が心配になる。

 だが、はあはあっと荒い息を吐いて興奮する彼女に、春人は瞬時に心の中で距離を取った。はっきり言って、恐い。


「はあ。まさか、そんなことで悩んでいたとはね」

「っ、そんなことじゃないっ」

「そんなことだよ。……もしかして、誰かに言われたとかかな。似合わない、とか、ぬいぐるみなんて、とかそういうことを。だとしたら、その人が馬鹿なんだね。ありえないね。見る目がなさすぎだよ」

「ば、ばか……」

「だって、そうだろう? 似合う似合わない以前に、人の好きなものを馬鹿にするなんて、人として最低だね」

「――」


 腕を組んで憤慨する彼女の周りには、本当に怒りのオーラが黒く揺らめいていた。

 春人のことなのに、真剣に己のことの様に怒る彼女に、無意識に喉が引きつる。



「だいたい、自分が好きだって思うものは、自分の心が求めているから思うものだよ。自分の心に合っているから、似合っているから好きになるのさ」

「――」

「だから、須藤君が可愛いものが好きなのは、それが君の心に似合っているからさ。君とは切っても切り離せないものなのだよ」

「……、切り離せない、もの」

「そうさ! だから、それを馬鹿にする様な人間なら、君とは合わないってことさ。簡単だろう?」



 ねえ、と朗らかに笑う彼女の顔は、きらきらと太陽の様に輝いていた。春人の目が、眩しさで潰れそうだ。


 心に似合っているから、好きになる。


 草壁特有の独特の見解だ。それで全員が納得出来るかと言えば、分からない。

 でも、――春人の胸は、ひどく打たれた。

 そうか。似合うのか。

 すとん、と押さえ付けていた何かが落ちる音が胸の奥でした。


〝でも、みんなが、自分のことの様に怒ってくれたから。……自分のことみたいに悲しんでくれたから。だから、泣けたんだ〟


 屋上で清水が言っていた意味が、今ならとてもよく分かる。

 自分のために怒ってくれる人がいることは、とても幸せだ。



 今、春人を好きになってくれた人が、草壁で良かった。



 振り回されてばかりで、よく分からない言動に疲れることも多いが、この時間が嫌いではないと気付く。

 今まで関わってきた人と違うからこそ、春人はもっときちんと彼女と向き合ってみたかった。

 そう。


 ちゃんと、彼女の告白の返事を考えてみよう。


「……ありがとう、草壁さん」

「うん? お役に立てたなら何よりだよ! 好きだよ、結婚しよう!」

「……。俺、ゴーたんが好きなんだ。ごめんね」

「うぐおっ⁉ な、なるほど……私の当面のライバルは、ゴーたんということだね……。く、……しょ、精進するよ……」


 胸を押さえてテーブルに突っ伏す草壁に、春人はこの時初めて遠慮なく彼女を笑い飛ばした。


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