第9話 告白を断ったら、別の女子に呼び出された


 保健室での告白を断った翌日。



 春人は、何故か三人の女子に屋上へと呼び出されていた。



 この学院の屋上は、高く、高く、それは高すぎるフェンスを用意した上に、ドーム状になっているので、生徒はフェンスを乗り越えられない様になっている。むしろ、途中で指が痛すぎてリタイアするのがオチだ。

 そんな、他の学校とは一線を画す景色を見せる屋上に、春人は放課後に何故か屋上へと連れ出された。

 全く身に覚えが無い上、全く知らない顔だったので、全く理由が推測出来ない。


「須藤君。あんた、どうして呼び出されたかわかってるんだろうね」


 ――分かるかっ。


 ばんっと効果音でも鳴りそうなほどにふんぞり返り、一人が脅迫をしてきた。これは漫画で言うカツアゲやいじめの場面なのではと、春人はどうでも良いことを思う。


「……俺、君達のこと知らないんだけど」

「はあ?」

「どう見たって、エマの友達じゃん!」

「……エマ?」

「……っ! こいつ、……告白された相手の名前さえ知らないよ……っ」

「マジか……っ! これが、遊び人効果……っ」


 がくーっと頭を抱えて唸る女子三人に、春人は本気で困惑した。一気に崩れる顔が何だかひょうきんだ。恐さが激減する。

 いや、それよりエマ、とは誰か。

 だが、告白と言われてふと思い当たる出来事があった。それもつい昨日の話である。

 まさか、と春人は振り返り――下の名前は覚えていなかったなと嘆息した。


「エマって……もしかして清水さんのこと?」

「って、わかってんじゃん!」

「そうだよ! とぼける気だったの⁉」

「いや、……告白って言われたから。昨日のことかなと」


 草壁は美晴という名前だったはずだから除外だ。

 しかし、なるほど。話が見えた。春人は昨日、清水の告白を断った。そのことを本人が彼女達に話したのだろう。

 故に、彼女達がこうして春人に詰め寄ってきたわけだ。漫画や小説みたいな展開だと他人事の様に思ってしまう。



「あのさ」

「何さ!」

「どうして俺が、清水さんの交友関係を知っていると思ったの? 俺、君達と同じクラスじゃないし、そんなに話した記憶が無いんだけど」

「……」

「……、……そ、そうだな⁉」

「そういえばそうだ!」

「で、でもおおおおおお! 告白された相手の名前くらい、覚えてくれても良いじゃん! だからみんなから遊び人って言われるんだよおっ!」



 理不尽だ。



 とんでもない言いがかりを付けられ、春人は溜息しか出てこない。普通の人間ならここで不機嫌になって即おさらばだ。忍耐力の強さを褒めてもらいたい。


「もしかしなくても、清水さんの告白のことだよな? 俺が告白を断ったことについて、何か言いたいことがあるの?」

「……、そ、そそそうだよ!」


 ここでどもらないで欲しい。


 最初の威勢は虚勢だった様だ。何だか脱力しそうになりながらも、一応耳を傾ける。


「あー、ごほん! ……あんたさ、どうしてエマからの告白断ったんだ? あんた、別に今、誰とも付き合ってないんだよな?」

「……。うん」

「じゃあ、どうしてさ!」

「理由は清水さんに話した。彼女は君達に話さなかったのか?」

「き、聞いたけど! でも! 何か、納得いかない!」

「自分で分からないとか、誰とも付き合ってないのに断るとか、……い、今までと違うじゃん!」


 指摘されて、春人自身もまあそうかなと同意はする。何しろ、中学二年生の頃から、恋人がいない時期には、春人は告白をしてきた最初の人と断ることなく付き合ってきたからだ。

 それなのに、今回は断った。草壁とも微妙な関係が続いている。

 数年ぶりに告白を断ったこと自体に、春人は奇妙な心地がしていた。


「今までと違うけど。……俺にも心境の変化があったんだよ」

「……っ、でも、……エマは、……今まであんたが付き合ってきた女とは違うよ!」


 一人の言葉に、春人の心が少しだけ跳ねる。

 彼女達の目から見ても、春人が付き合ってきた恋人達は空気が共通しているのか。その事実に春人がようやく思い至ったこと自体を不思議に思う。



 どうして、今までは気付けなかったのか、と。



「違う、んだ」

「そうだよ! エマは静かで恥ずかしがり屋だけど、良い子だよ! 明るくはないけど……あんたっていう遊び人が好きな相手だって聞いた時は心配したけど! でも!」

「……遊び人って聞いてはいたけど、別に、悪い奴じゃないって、エマが言うからっ。だったら、……応援したいって思うだろ」


 三人が三人とも、清水のことを思っているのだろう。春人のことをもっと責めてくるのかと思ったが、口調はともかく予想よりも穏やかだ。

 本人がこの場にいないのは、彼女達が暴走した結果なのだろう。多分、本当に仲が良い友達なのだ。下手をすれば春人の心証が悪化するのに、それに至らないくらい頭に血が上ったのだろう。

 その関係性は、時には危ういが、同時に心強い絶対の味方だ。

 良かったな、とここにはいない清水のことを思う。


「……遊び人の俺が相手で心配なのに、応援はしてたのか」

「そうだよ!」

「どうして?」

「だって、……あんた、前にふらっふらしながら大荷物抱えてたあたしの荷物、いきなり半分持って一緒に届けてくれたし!」

「……は?」


 いきなり思い出語りをされて、春人は目が点になった。予想外の方向からの攻撃に、二の句が継げなくなる。


「私は、……私の大好きな購買のパン! 超人気で即完売するふわふわオムレツパン! 最後の一個を買い損ねてうなだれてた私に、あんたが買ったその一個をくれたりしたし!」

「……は」

「私は見た! カサ忘れて学校の入り口でぼけーっと突っ立ってた男子に、あんたは折り畳みガサを颯爽さっそうと差し出して、自分は普通のカサで帰って行ったところを!」

「……」

「遊び人は遊び人でも、良い奴なんだなっていうのを、あちこちで結構見てたから! 女にだらしなくても、応援して! エマと付き合って、そのあたりが変わればなって全力で思ってたよ!」


 やけくそ気味に叫びまくる彼女達に、春人は何だか状況に付いていけなくなってきた。

 けなしたと思ったら持ち上げられ、最後は春人が変わればと願われるとはどういう了見なのか。

 彼女達が示してきた例は、そういえば、というくらいに微かな記憶ではあるが、覚えはある。そうか、彼女達が相手だったのかと脱力してしまった。

 取り敢えず、彼女達は一体何を主張したいのだろうか。話の道筋がれている様ないない様な不可思議な感覚に、春人は質問を絞り出す。



「あのさ。……結局、俺に何が言いたいの?」

「何で告白を断ったんだってことだよ!」



 振り出しに戻った。

 彼女達は、清水に理由を聞いたのではなかったのか。

 そう言いたげな感情が表に出ていたのだろう。彼女達はたたみかける様に叫んだ。


「草壁さんの告白に、答えてないから? だったっけ? そんなの、やっぱり今までと違うじゃん!」

「今まで、来るもの拒まずだったのに、草壁さんの告白だけは真剣に考えて、エマの告白は断る。それって、エマは最初に告白してもしなくても脈無かったってことだろ?」

「……えっ? 脈、って」

「何で、……何で今までと違うんだよ! 草壁さんが相手だからかい? 草壁さんは、女の中でも特に特別な女だとでも言うのかい!」

「いや、そういう意味じゃ」

「じゃあ、何で! 草壁さんの告白をすぐにOKしなかったんだ!」


 いや、OKしたんだ。


 そう言いたかったが、信じてはくれないだろう。草壁が既に「振られた」と堂々と公言している。遊び人のレッテルを貼られた春人より信頼度が高い。

 春人が何も言えずにいると、勘違いしたのだろう。ぐっと悔しそうに拳を握り締めて彼女達は震えていた。


「……あんたの言っていることは、本当なら理解出来るんだよっ。あんたが、噂の様な遊び人じゃないかもって頭では思ってるし。誠実だなって、フツーなら思える」

「でも、……今までが今までだったあんただから、納得がいかない!」

「……それは、……重ね重ね、ごめん」

「謝るな!」


 逆切れされて、どうして良いか分からない。

 どう話を切り抜けようかと悩みあぐねていると。



「……。……恋人と別れた後、真っ先に告白したら、絶対OKもらえる。それが、……あんたに関しての暗黙のルールみたいな風潮、あったんだよ」

「え、……」



 とんでもないルールだ。

 全くあずかり知らぬところで作られた風潮に、春人が唖然あぜんとしている合間にも暴露は続く。



「あんたは知らないだろうけどさ。それだけ、あんたは来るもの拒まずだって、恋人がいない時がチャンスだって、絶対付き合えるからって……有名だったわけ。あんたが別れるのを、あんたが好きな女子は割とぎらっぎらに狙ってたよ」

「え……」

「前に、一回だけ。あんたに告白されて振られたって噂が立った奴がいたんだ」

「え? 俺は振ったこと……」

「ああ。あとで嘘だってわかったよ。罠だって。でもさ、……その時、あんたを狙ってる奴らがせせら笑ったんだ。……あいつは女としての魅力が全くない、価値がない、女として見られてないから振られたんだって。すっごい中傷浴びてたんだ」

「――」



 そんな話は聞いたことがない。



 だが、女子の噂は時折恐い。男子にはあまり気付かれない様な形で広めることがあると、前に和樹が言っていた。

 もちろん、逆もしかり。

 そして、女子と男子は同じ空間にいるけど、起こっている事件に互いに気付けないことも多いとも話していた。


 まさか、春人の行いが、誰かをおとしいれるキッカケに使われるとは。


 気付いて、ぞっとした。――己の行いが、そんないじめの理由に使われたことに。


「だから、なおさら嫌だったんだ。……今回エマが振られたのは、エマには女としての価値さえ無いって言われたみたいなもんだってっ」

「ち、違う! そんなことは」

「心境の変化とか! そんな気まぐれに言われたって、……もし振られたって知られたら、あいつみたいになるかもしれない!」

「……勝手に告白して勝手に期待したのはエマだけどさ、でも、……それでも腹立つんだよ! 恐いんだ! エマが笑われるかもって!」

「答えが出るまで、とか! 分からないから、とか! そんな曖昧あいまいな答えじゃなくて! いっそ、……俺には好きな人がいるからって言ってくれた方が! エマはあそこまで泣かずにすんだんだ!」

「――」


 散々な言い分だ。勝手に春人の知らないところで決め付けて、勝手に春人の恋人になる方法を広めて、勝手に春人と付き合えると信じる。

 春人からすれば、何て自分勝手なルールだろうか。確かに告白を断ってこなかったのは春人だが、それで全てを押し付けないで欲しい。

 そう、本当は言いたい。言いたかった。

 けれど。



 ――周りにどう思われても良いと思って、片っ端から付き合っていたのも俺だ。



 結果、人を陥れる事態にまで発展したことがあると知った。完全に春人の不誠実な行いのせいだ。

 清水がどうして春人を好きになったのかは分からない。やはり草壁の様に顔が理由なのかもしれない。

 それでも、彼女は昨日真剣に思いを伝えてきてくれたのは理解していた。かなり勇気を振り絞っていたのは、空気で分かる。

 春人は一人目の彼女が出来て、二人目、三人目と重ねていく内に、途中から投げやりに付き合ってきた。はっきり言って、はたから見ても誠意が無かっただろう。遊び人と言われても仕方がないくらいに、酷い態度を取ってきたと思う。


 だから、身勝手だと腹は立つが、彼女達を責めることも出来ない。


 春人は誤解させる様な振る舞いをしていた。それは事実だ。

 もし、本当に今更心を入れ替えたとしても、しばらくは恨まれるだろう、こんな風に。大なり小なり誰かを傷つけてきたのは間違いないのだから。



 ――それって、本人だけじゃなくて、周りもなんだな。



 急に突き付けられた事実に、春人はそのことは申し訳なく思う。


「……、……ごめん」

「だ、だから謝んなって!」

「でも、やっぱり清水さんとは付き合えない。……女としての価値が無いとかじゃなくて、……草壁さんのこと、気になってはいるからね」

「――」

「好きとかではないんだけど。俺も、……、ごめん。俺も、何でなのか、本当に……よく分からないんだ」

「……、……あんた」


 どう足掻あがいても納得はしてもらえないだろう。

 それでも言葉を何とか絞り出していると、彼女達三人は複雑そうに顔を歪めていた。何故、彼女達の方が苦しそうなのだろうとぼんやり思う。

 気まずい空気が、両者の間を風と共に駆け抜けていく。

 どうやって話を切り上げるべきか、春人が悩んでいると。



「――やあ、諸君! 話は聞かせてもらったよ!」



 ばしーん! と。けたたましい音を叩き出しながら、草壁が元気よく堂々と底抜けなまでに能天気に屋上の扉から登場した。


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