「水鏡」「風に散る」番外短編集
紫乃森統子
新選組秘録―水鏡― 短編集
【水鏡短編】父の日
「土方さーん!! はい、コレ!!」
いつになく上機嫌に、伊織はある物を土方へと差し出した。
それは、小さく切り離された紙の綴り。
土方はちらりとそれを見て、頬を紅くさせた伊織の顔に目線を移した。
目を輝かせて、土方が受け取ってくれるのを待っている。
「……何だよ、これは」
「いいから貰ってくださいよ!」
受け取りを渋る土方に、伊織は無理矢理その綴りの冊子を押しつけた。
土方が不審そうに紙の束をペラペラとめくると、伊織の下手くそな毛筆で、何やら書き付けてある。
「あーん? ……かた、……肩? ……読めねぇ」
達筆を気取って、無の境地にでもあったらしい筆跡は、解読も至難の業だった。
「もー、駄目ですねぇー土方さん。それは、肩叩き券って書いてあるんですよ!!」
本人はよっぽど自信のある書だったのか、伊織は膨れっ面で解説を入れる。
そこへ突然、沖田が割り込んできた。
「うわーっ、土方さんだけズルーイ!! 何ですか!? 何貰ったんですか!?」
土方の手にある書き付けを覗き込んで、ベタベタと土方に絡みつく。
「総司、暑っ苦しいからまとわりつくんじゃねぇ!」
「嫌ですよ~、私にも分けてください~。独り占めはイケナイんですよー??」
土方が鬱陶しそうに振り払うが、沖田は口を尖らせてブーブー文句を言いながら土方の首を絞めにかかる。
それが伊織の目には仲睦まじく映ったのか、実に微笑ましく二人を見守っていた。
「そ、総司ィッ!! 苦しいッ!! わかったからやめろ!!」
肩叩き券などという訳のわからない物のために絞殺されてはたまらないと、土方はついに降参した。
すると沖田は土方を解放し、にっこりと笑う。
「ふふふ。そうですよぅ、おいしい物はみんなで分け合わなきゃ」
「おめぇはコレが食い物に見えるのか!?」
わざと沖田の目の前で、冊子をばっさばっさと振ってみせる。
「あれれ? お菓子の包みじゃなかったんですか?」
笑顔が一変して詰まらなさそうになり、沖田はあからさまに暗くなった。
「なぁーんだ。じゃあそれは土方さんにあげますよ」
「そう言うと思って、沖田さんにはちゃんとお菓子用意してありますよ~! 後であげますね」
「えぇっ、本当ですか!?」
伊織の言葉に、沖田の顔はもう一度花開く。
そこへ、さらにもう一人が乱入した。
「伊織~! お前のほうから誘いを受けるとは、感激したぞ!!!」
「あ、佐々木さん。ちょうど良いところへ!」
「さッ、佐々木殿……」
「あーぁ、また出たよ、この人」
「んっ!? 何だお主ら、邪魔だぞ!!」
げんなりする土方と沖田を上から見下ろし、苦々しく口元を歪める佐々木。
見下ろされた二人には、その顔が鬼のように腹黒く見えた。
「まぁまぁ、佐々木さんも座ってください。今、土方さんに父の日の贈り物を渡したところなんですよ~」
えへへ、と照れ笑いしながら、伊織が佐々木の袖を引く。
「あぁ!? 父の日ィ!? なんだそりゃあッ!?」
肩叩き券を贈られた土方が目を見開いて伊織を凝視した。
「やーだ、お父さんに日頃の感謝の気持ちを伝える日のことですよォ」
けらけらと笑い声を上げて伊織は言う。
なるほど、それで肩叩き券か、と納得しかけ、土方はハッとした。
「俺はおめぇの父親じゃねぇぞ!!! こんなでけぇ娘を持った覚えもねぇ!!!」
「似たようなもんじゃないですかァー。感謝してるんだから、そう怒らないでくださいよ~」
掌をひらひらと扇ぎながら、伊織は沖田に同意を求める。
沖田も話を振られて、神妙にウンウンと頷き、同感だと伊織を尊重した。
佐々木もまた伊織の隣にぴったりくっついて正座し、感慨深げに顎をさする。
「ほう。土方君が父親か……」
呟いて、佐々木は一つ咳払いをし、改まって土方に目を向ける。
「……ならば私も、義父上殿、と……」
「呼ぶな!!! そしてほんのり頬を染めるんじゃねぇ!!! 気持ち悪ィな!!!」
佐々木の爆弾発言に、身の毛も弥立つ嫌悪を感じ、粟立つ腕を必死にさすった。
たった今土方への敵対心が消え去ったらしい佐々木は、土方ににじり寄って、その肩をがっしりと掴む。
「いや、是非にも義父上と!!!」
「だから違うってんだよ!!」
「佐々木さん佐々木さん、土方さん嫌がってるじゃないですか。佐々木さんにもちゃんと肩叩き券ありますから……」
のんびり調停に入った伊織を、土方も佐々木も怪訝に見た。
特に佐々木の顔は、幾らか青くなっている。
ところが伊織はそれに気付かないのか、平然と二の句を継いだ。
「佐々木さんにも土方さんにも、日頃の感謝を込めて、肩叩き券十枚ずつ用意してたんですよ」
これが佐々木の分だと、もう一冊の束を差し出す。
「……プッ」
と土方が吹き出した。
「私にも、あるのか……?」
冗談だろう、という眼差しで佐々木は言ったのだが、伊織はそれに少し残念そうな表情になる。
「……要りませんでした?」
「ブフゥーッ、佐々木殿、どうやらあんたも父親らしいな!」
土方の痛烈な突っ込みに、佐々木はどんよりと哀愁を漂わせた。
「……そんな。私が父親だなどと……、納得がゆかぬ。土方君ならばともかく、私とは恋仲ではないのか……?」
ぶつぶつと一人ごちる佐々木と、それを嘲り笑う土方を押し退けて、沖田が落ち込む伊織を慰めにかかる。
「ひどいですよねぇ、高宮さんがせっかく肩叩きしてくれるって言うのに! 代わりに私が二冊とも貰っちゃっていいですかね?」
と、これを黙って聞き逃さないのが佐々木だ。
「それはならぬ!! 肩叩きは譲らぬぞ、沖田!! そうだ、考えてみれば、良いではないかっ、肩叩き!!! 土方君の分も私が貰おう!!」
「佐々木さん、鼻血出てますよ。一体どんな肩叩きを想像してんですか。怪しいなぁ……」
「今更遅いですよ。佐々木さんと土方さんは、二人で肩揉み合ってたらいいじゃないですか。行きましょう、沖田さん!」
せっかくの心遣いを快く受け取って貰えなかったために、伊織はつんと冷たくそっぽを向く。
そしてそのまま沖田を連れて、どこかへと行ってしまった。
残された二人の父は、気まずさの中で互いを責め合う。
「佐々木殿、あんたのその鼻血はどういう意味だ」
「何の何の。土方君、お主こそ娘の心遣いを何だと思っておるのだ」
「そりゃ、あんたも同じだろう」
「……伊織には申し訳ないことをしてしまったな」
「あんたがな」
「せめてもの詫びに、今度伊織の肩でも……」
「揉まんでいい!」
「……ならば、伊織の望む通りに、お主の肩でも……」
言いながら、佐々木は土方の肩を揉み始める。
「伊織の肩を揉まれるくらいなら、俺が肩揉みされたほうがまだマシだ。だがな、佐々木殿……」
「何だ」
「向き合ったまま揉むのはやめてくれ……」
「チッ、鬼舅が」
その後、膝を付き合わせたまま、佐々木の肩揉みは一刻も続いたという。
二人の戦いはまだまだ終わらない。
【了】
※あとがき※
まんま父の日の短編でした……。たぶんこれ2004~2005年とかに書き殴って個人サイトに載せてたやつです。
今読み返すともう恥ずかしいなんてもんじゃないけど、お暇潰しに御笑覧頂ければそれで本望です。
この短編集は基本的にこんなノリが多いです……シリアスな空気とか歴史要素なんてどこにもないですあとオチらしいオチも特に見当たりませんのでお覚悟召されよ……!(?)
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