37.新しい施設

 怪訝な顔をする俺を前にイースさんは紅茶に口をつけて、ひと呼吸をしてから口を開く。



「まずは一つ目の質問ですが、あの農民の青年は他の方々に農業の指導をしていたようですが、その知識をもっと皆にわかりやすく広める方法があるとすれば協力をしてくれますか? それとも、一部のリーダーが、知識を持っていたほうが色々と都合が良いでしょうか?」

「いえ、あいつらの教える手間が省けるのなら、負担が減りますからね。すごい助かりますよ」

「なるほど……グレイス様ならそう言ってくれると思いました。あなたは平民が知識を得ても恐れない方だと思っていましたから。その証拠に、あなたは金属のクワを平民に渡していましたからね。領民を信じているのでしょう。素晴らしいと思います」



 俺の言葉にイースさんは満足そうにうなづく。そういえば、誰かにも同じような事を言われたな……いわく、知識だけ持っていかれたらどうするのだとか、反逆された時に金属のクワは武器になるぞとか……言いたいこともわかるけど……そんな事を恐れて効率を下げるよりも、みんなに頑張ってほしいし収穫を喜び合いたいのだ。万が一反逆がおきたら……おこさせないようにはするが、その時は戦うしかないのだ。もちろん、その時は容赦しない。

 イースさんは俺が何を考えているのかわかっているかのように見透かしたように微笑む。ああ、あえて考えさせるように聞いたんだな。確かに先生っぽい。



「もう一つの質問です。あのノエルという子は一体何者なのでしょうか? 頭の回転が早いとおっしゃってましたが、貴族としての教育を受けていたとか?」

「いや、彼女は難民で、元は農民ですね。料理が好きと聞いたのでメイドになってもらったのですが、予想以上に頭の回転が早かったので、色々とアイデアを出してもらっています」



 やはり貴族によっては、平民にあまり重要な仕事を任せるのに抵抗がある人もいると聞く。彼女もそうなのだろうか?

 一瞬そう考えたが、イースさんの瞳には何やら喜んでいるような感情が見えた。



「なるほど……ああいう工房は女性は立ち入り禁止だったり女性が口を出すのを嫌う場合が多いと思うのですが、グレイス様やドワーフの方は気にされないのですか?」

「確かに王都では気にする人も多いかもしれませんが、アスガルドはまだまだ人が少ないですから……得意な事があったら男女問わずその人にやってもらった方が助かりますし、発展にもつながります。かくいう俺も女性の近衛騎士に守ってもらってますからあまり男女を気にはしないですね……それにボーマンのやつも、ノエルの話をとても楽しそうに聞いていますから、実力があれば気にしないと思います」

「そうなんですよ!! ここでは、ちゃんと仕事をしていれば自由に魔法を使っても怒られないんです!! この前もこっそりとサラさんとゴーレムに浴槽を持たせて、露天風呂ー!! ってやってましたが、誰にも咎められませんでしたし!!」

「あなたは少し自重しなさい、ノア。あなたには淑女としての教育を施したはずですが、忘れたのですか?」

「ひえええええ、ごめんなさい。女がそんな魔法を使うなって叱るうちとは違って、ゴーレム達を自由に使えるのが楽しくてつい……」



 余計な事を言ったノアをイースさんが溜息をついながら叱る。二人の露天風呂に入る見たかった————!! ではないな。俺がいない間にマジでフリーダムにはっちゃけすぎてない?……というかノアのやつはサラにそそのかされている気がする。今度注意しておこう。



「グレイス様の考えは今の質問で大体わかりました。ここではある程度ならば男女や身分に関係なく色々な事に挑戦することが出来るのですね……もちろん、今の発展途上という状況だからかもしれませんが……」

「確かにそうですね……でも、俺はこういう風な自由で効率的な考えは変えるつもりはありませんよ」



 イースさんの言うように、皆が自由に活動できているのはアスガルドがまだ領地として活動したばかりというのもあるだろう。

 既存の組織が無いから新しい事に挑戦しやすいと言うのはある。隣の領地では商売をするときもわざわざ一回アズール商会に話に行った後にエドワードさんの所と取引をしたようにな。

 だけど、こういう風に既存の枠にとらわれないのがうちの強みだと思う。そもそも発明品自体が既存の物ではないしな。だから、俺はそれを変えるつもりはない。



「そうですね……ただ、グレイス様はそうは思っても、利権を手に入れたものがそうとは限りません。人は変わりますからね……だからこそ、今のこの状態のアスガルドで私がやりたいことがあるのです」

「先生……もしかして!!」



 ノアには何やら、思い当たる事があるのか、興奮したように声を上げた。そんな彼女にイースさんがうなづく。



「私は長い間貴族の令嬢たちに色々な事を教えてきました。そして、ボランティアとして孤児院や学ぶ意思のある平民にも色々な事も教えていたのです。その結果、貴族に優れた才能のものがいるように、孤児や平民の中にも素晴らしい才能に恵まれたものもいるという事がわかったのです。ですが……結局彼らはちゃんとした教育を受けることができず、その才能を育てることができたものはほとんどいませんでした」

「まあ、確かに孤児に教育を受けるほどのお金はないですよね……」

「はい、それに……多くの貴族は平民が余計な知恵をつけて意見を言うのを嫌いますから」



 イースさんは残念そうに溜息をつく。孤児院の出身や平民の人間がなれる職業というのはある程度絞られる。運よく商人の見習いにでもになれば読み書きや簡単な計算くらいは仕込まれるだろうが、後は自分で学ぶしかない。

 そして、大抵の人間はそんな機会には恵まれない。もちろん、平民もである。仮に隠れた才能があってもそれを活かすことができずに死んでいくのだ。



「はい……ですから、私はそんな彼らが学ぶ場……私塾を作りたいのです」



 イースさんは目を輝させながらそういった。そして、その言葉は俺にも強い興奮をもたらす。だって、俺の『世界図書館』と組み合わせればすごい事にならないか?



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