第17話 着替え

「うーん……どれも微妙……もっと大衆受けする物にしたいわね」


 ココが紙を脇に避けて頭を抱える。今はヴァーグマン商会、つまり俺の店の新商品の開発会議中だ。


 一着ずつサイズ調整できることが売りだったのだが、客単価を上げきれないのでもう少し大衆向けに舵を切ろうとココが言い出したのが発端。だが、ココの頭の中には特にアイディアはなかったらしい。


 俺が服につけられる能力をすべて紙に書き出し、そこから役立ちそうな能力を服につけて売ろうというところまでは決まったものの、肝心の能力が決まらないのだ。


 最初期に覚えた【防御力強化】ですら、服を倒れてきた鎧を受け止められるくらいの性能に変えるものなのだから、変なものを出すと余計な噂が広がりかねない。ちょうど良い塩梅を探すことが何より難しい。


「そんなに悩まなくてもココ様のスキルと合わせてあのセクハラ商人に売りつけたらいいじゃないですか」


「トマスのこと? あいつに大損をさせてこの街から追い出すのも悪くないわね。でも却下」


「受けは良さそうだったのに急な心変わりですね……」


 クロエは苦笑いを浮かべる。ココはスキルを使うことは否定しないが、濫用することは肯定しない。そのくせ俺には倒れるまでスキルを使わせたのだから線引は曖昧なのだろうけど、クロエのアイディアは真っ向から却下された。


「大衆向けって皆が何を欲しがってんのか分かんねえしなぁ……」


「それを作るのが貴方の仕事なのよ。人は、自分の身の回りにないものを欲しがるんだから……それにしても寒いわね」


 ココはそう言うと体を震わせて外で着るような赤いコートを羽織る。着太りしてかなり動きづらそうだ。


 秋も終わりに近づき、雪がちらつく日も出てきた。季節は冬に向かっているので、屋敷の中もかなり冷え込んでいる。


「寒いか……うん!? これだ!」


 自分が服に付与できる能力の一覧を見ていて閃く。


 目についたのは【保温】。


 これから寒さが本格的に厳しくなる時期にはうってつけに思えた。


「ココ、そのコートを少し貸してくれないか?」


「えぇ……いやよ。寒いもの」


「寒く無くしてやるよ」


 ココは唇を尖らせ、渋々だがコートを渡してくる。


 スキル《服飾》を使い、【保温】を付与して返すとココは即座に袖を通した。


「何をしたの?」


「【保温】ってやつを付けてみたんだ。どうだ?」


 ココはあまり実感がないようで、首を傾げる。


「うーん……分かりづらいわねぇ……暖かい気もしなくもないけれど……」


 中に何枚も着込んでいるからか、ココは窮屈そうに腕を振ってみせる。


 それを見て、クロエは何かを閃いたように手をパンと合わせる。


「あ! バンシィさん! せっかくなら薄いインナーにつけてみたらどうです?」


「いいじゃない。クロエ、いい子ね」


「はい! ありがとうございます!」


 ココの褒めに対してクロエが見えないしっぽを振る。


 薄いのに暖かい服は存在していない。そんなものがあったら皆が使うだろう。


「じゃ、試しに作ってみるか。素材は何かあるか?」


 ココは自分の着ていたコートを脱ぐ。すぐにクロエが背後に寄っていき、コートを受け取って俺のところまで持ってきた。


「これ、使っていいのか?」


「いいわよ」


 ココは特に思い入れはないようで、外を見ながら返事した。


 遠慮せず《服飾》でコートを白いインナーに変え、【保温】を付与する。


「ほらよ。出来たぞ」


「早いわね。クロエ、着てみて」


 ココに手渡したインナーはそのままクロエにスライドして渡される。


「はい! では、一度失礼しますね」


「何を言っているの? ここで着替えるに決まっているじゃない」


「ふぇっ!? こっ……ここでですか!?」


「そうよ」


「い……いやぁ……それはさすがに……」


 クロエはチラチラとこちらを見ながらやんわり断ろうとしている。さすがに男の目があるところで着替えろだなんて酷だろう。


「ココ、あんまクロエをいじめんなって。クロエ、外に出てるからその間に着替えてくれ」


「あら。蒸し返すようだけど、クロエは貴方の命を狙ったこともあるのよ? 彼女はまだその罰を受けていない。この羞恥が罰よ」


「いつのことを言ってんだよ……俺はもう気にしてないって……」


「わ……分かりました! やります!」


 クロエはココの命令に従うようだ。顔を赤らめながらも決心を固めたようにそう言う。


「どんだけ従順なんだよ……主人だからってやっていいことと悪いことがあるだろ」


 ココは俺の諌めを鼻で笑い、クロエは緊張している内面を目をキョロキョロと動かすことで表現している。


「クロエ、行きなさい。バンシィの目の前で着替えるのよ」


「は……はい」


 クロエは恥ずかしそうに下を向きながら俺の前に来る。


 首を横に振ると、ココはその様子を嬉しそうに眺めているのが見えた。この屋敷に住み始めて数ヶ月経ったところだが、どうもココは性癖が歪んでいる気がしてならない。


「バンシィ、私じゃなくてクロエを見なさい。しっかりとね」


「お……おう」


 真正面を向くと、ただメイド服を着てインナーを持っただけのクロエがモジモジしている。なんてことの無い姿なのだが、顔を赤らめているクロエを見ているとなんだか心がザワザワしてきて、少しココの気持ちが分かってきたような気がしてくる。


 クロエが首元までぴっちりと止められたボタンを外すと、少しだけ鎖骨が見えた。


 しんとした部屋の中に、俺が生唾を呑み込む音が部屋中に響く。


「ちょ……そ、そんなに反応されると……やりづらいです……」


 クロエがモジモジしながらボタンが外れて離れた襟を引き戻す。


 隙間から白い首元が覗くので、どうしてもその先を想像してしまう。


 あとボタン一つで胸元、もう一つで谷間、更にもう一つで全貌と徐々に期待が高まっていく。


 クロエは「ふぅ」と息を吐くと覚悟を決めたように襟から手を離し、次のボタンに向けて手を伸ばした。


 一度覚悟を決めたクロエは次々とボタンをはずしていき、胸元、谷間、細かいレースの入った下着と一気に公開範囲を広げる。


 体積は明らかにココのそれよりも大きそうだ。横目で比較しようとチラリとココを見たのだが、俺の不躾な視線を感じ取ったようで、冷たい目で俺を睨みつけてきた。


 何か言われる前にクロエの方に視線を戻すと、上半身は完全にはだけていて、俺の作ったインナーを着るために腕を伸ばしているところだった。


 すっぽりとインナーをまとったクロエの姿は何だかちんちくりんで面白いが、それでも胸の膨らみの主張が激しい。


「クロエ、どう? 暖かい?」


「ふぇ!? あ、そうでしたね」


「着替えを見せる事が目的になっていたの?」


「い……いやいや! そんな訳ないじゃないですか!」


 クロエは顔を更に赤くして答える。


「あ、でも暖かいかもしれないです」


 そうであってほしいが、顔の赤さからして身体の火照りも別の原因なんじゃないかと思えてしまうのだった。

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