第2話 特別な人

 ハヤテの話によると、彼の世界では数十年に一度くらいの頻度で異世界から人が渡ってくるらしい。


「まだ実証されてないんだけど、エネルギーの溜まりやすい世界と……」


 難しい説明をされたがそれを簡単に訳すと、彼の世界は他の世界よりエネルギー的に下にあって、不意に繋がったときに上の世界から人や物が落ちてきやすいとのことだ。


「君の世界に異世界人が来たって話はある?」


「いえ、聞いたことがありません」


「そうなると、君の世界に戻るにはかなりのエネルギーが必要かもね」


 優花ゆうかの世界はエネルギー的に上の方にあって、彼の世界に来るのは簡単だったが戻るのは難しいらしい。穴に落ちた人を引き上げるような感覚のようだ。


「これから、どうすれば……」


 このまま知らない世界で暮らしていかなければならないのか。優花はそう思うと落ち込んでしまった。戻っても待っている者などいないが、生まれ育った世界の方が不安は少ない。


「そんな顔しないで大丈夫だよ。僕が必ず帰してあげる。それまでは、この家で暮らすと良いよ」


 ハヤテは優しい笑顔でそう言った。純粋すぎる焦げ茶色の瞳に裏があるとは思えない。優花が同じ立場なら、すぐにそんなことは言えないから驚いてしまう。


「良いんですか? その……ご迷惑ですよね」


「困ったときには、お互い様だよ。それに、異世界人は魔導師のもとに現れると言われているんだ。僕の存在が君を引き寄せた可能性がある。責任は取るよ」


 ハヤテの『責任』という言葉は優花への気遣いだったのか、事実を含むものだったのかは分からない。ただ、彼は何の徳にもならないのに、優花を大切に扱い、元の世界に帰すための算段をしっかりしてくれた。


 国への届け出、異世界転移の情報収集、優花の世界へ戻すために必要な物の採取や製作。異世界人が来るのは良くあることとはいえ、数十年に一度だ。優花は軍や警察、役所など色々な場所に呼ばれて事情聴取を受けた。そのときにも優花のために、ハヤテは時間を割いて付いてきてくれた。


「ハ、ハヤテさん。あなたもご一緒だったんですね」


「僕が来たらまずかった?」


「まさか! そんなことはありません」


 その中で、ハヤテが如何いかにこの世界で重要人物であるかも知った。ある者は恐れ、ある者は崇めるように尊ぶ。どんな視線の中にも初日にハヤテが言った通り、気づかないふりができないほどの怯えが含まれていた。

 

 ハヤテを普通の人間として扱っていたのは、彼の上司にあたる魔法研究所の所長くらいだった気がする。

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