北へ、北へ

 北へと向かう航路は、なんとも言えない雰囲気のものとなった。

 傭兵たちをノックアウトしたという高揚感と、いつまた追いかけられるかわからないという恐怖感、そしてようやく目的地に向かえるという安堵がないまぜとなって、皆一様に口数が多かった。


「よかったよコーにちゃんと伝わって。あそこで僕らに声を掛けて来たらどうしようかと思った」

「危なかったな。私は危うく呼び掛けそうになったよ。だけどコーが静かに、って言うもんで思いとどまったんだ」

「まあ明らかに捕まった雰囲気だったもんな。それにレンも必死に何か訴えようとしてたし。しかしよく機転を利かせたもんだ」


 結局のところ、食料が買いこめなかったジーシェの昼食は、食糧庫に転がっていた適当な具材をごった煮にしたスープということになった。

 口に運ぶと何とも不思議な味がしたが、まずくて食えないということもない。


 四人は何とはなしにそれぞれの皿を操舵室へと持ち込み、舵を握りながら器用にスープを口に運ぶコーも含めて、全員があれやこれやと話をしていた。

 あれだけの緊張の後ではとても黙ってなどいられない。


 窓の外は雲が厚くなってきており、どうやら雪が降り出しそうな気配だった。


「このままだとトムラウシは雪かもしれないわ。視界が効くといいけど」


 少し顔をしかめてスープを口に入れながらメロが呟いた。

 よく目を凝らせば、窓に時折ぶつかってくる小さな白い粒が見え始めていた。


「しかしあの船がトラーフド社の飛行船だったってことは、あのときシーナもトラーフドに狙われてたってことになるな」


 物思いに耽りながら、コーが食べ終わった後のスプーンをくるくると手の中で回した。


「一体どういうわけで狙われてたんだろう。シーナ、心当たりはないか」

「そうだね。正直なところ、記憶の飛んでる1か月くらいの間に何かあったんだろうな、としか言えないね。あとは推測になる」

「推測でもいい。思い当たることがあるのか」

「あるとしたら、そうだね、兵器開発かな」


 シーナは食べ終わった皿を脇に置くと、食後の煙草を取り出して火を点け、紫煙をくゆらせながら続けた。


「知っての通り、トラーフド社というのは軍需産業の大手だ。今回のメロの件でもそうだが、常に新たな兵器を開発しようと躍起になってる。その中でもハロスを利用した化学兵器は特に関心が高い、筈だ」

「確かにそうかもしれないわ。あたしが色々情報を探ってた中にもハロスに関係したものがいくつかあったと思う」


 メロが肯定すると、シーナは頷いて形の良い唇から煙を大きく吐きだした。


「昔からそういう噂もあったからね。例えば街にハロスをばら撒けばあっという間に制圧できるだろう。問題はそれを浄化する手段だ。まあそんなものがあればとっくに人間は平地に降りてるわけで、みんなが研究していることではあるんだけどね。で、私の研究はそのものずばりハロスを浄化する植物の研究だった」

「なるほどな。それでその研究成果を横取りしようとしたってわけか。だけど学会に先を越されてシーナを拉致された。それでなんとか奪うために追いかけてきた、か。筋は通るな」


 コーが大きく頷く。

 勿論正解などここにいる誰にも分らないのだが、レンにもこの推測は当たっているように思われた。


 やがて船の外は短い秋の日が空を覆った雲の向こうで傾き、夜の帳がすぐそこに迫ってきた。

 窓から見下ろせば、すぐ近くに街の灯りが見えている。


「バンダイ市だ。今日はここで宿をとろう。といってもまたトラーフドの連中がいなければ、の話だが」

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