公園と黒い飛行船

 そこは公園とは名ばかりの、荒涼とした土がむき出しの広場だった。いや、かつてはここも芝生か何かで覆われていたのだろう。だがハロスの影響か植物は何も見当たらない。


「改めてみるとこの霧は恐ろしいもんだな。こうやって植物まで全部枯らしちまうのか」


 コーが呟くと、シーナが応じた。


「いや、正確にはハロスは植物には直接影響しない」

「どういうことだ?現に枯れてるじゃないか。シーナもさっき枯れ木を沢山見ただろ」

「ハロスは動物の神経系に影響を及ぼすんだ。それは何人もの研究者によって確認されているから間違いない。植物は神経系が無いからハロスの毒自体は効かないんだ。問題なのは日光だよ」


 それを聞いてコーも納得した。


「そういうことか。つまり日光が遮られているから枯れるんだな」

「そういうことさ」


 二人は連れ立って土の地面を踏みしめながら、かつて公園だった場所の中央へと向かって歩いた。先日までの雨がまだ乾かないらしく、土は湿りけを帯びて防護服の足に絡みついてくる。

 周辺には他にも何人かの足跡が見受けられた。どうやらスカベンジャーたちの一部がこのあたりを歩き回ったらしい。


「それで、目撃のあったのはこのあたりか?」


 シーナが問いかけた。どうやら防護服に染みついた悪臭にも流石に慣れてしまったらしい。降下してからは特段そのことについての不平は漏らしていなかった。それとも不満を言っても意味がないと気付いたのだろうか。


「このあたりの筈だ。南部総合公園の中央付近、池になっているところの岸で見たと言っていたから……」

「池というのはこれのことだな」


 見るとコーたちの目の前には、ささやかな水面が広がっていた。ハロスの中でも辛うじて向こう岸まで見て取れる程度の大きさだ。

 大戦が起きる前までは、家族連れや恋人たちが憩いの場にしていたのだろう。思いのほか澄んだ水の中には、何艘かのボートが沈んでいるのが見える。これもまたこの時代には街で見かけることはない乗り物のひとつだった。


 よく見ると池の上空だけはハロスの濃度がかなり薄くなっている。やはり水上へはこの霧はあまり滞留しないらしい。どういう理屈なのかをシーナに聞いてみようとしたとき、シーナが池の対岸を指さした。


「コー、あそこに黒っぽい影が見えないか?」

「どこだ?」

「ほら、向こうの岸の辺り、少し右手の」


 コーもシーナが指差した方に目を凝らした。確かに何かあるように見える。黒っぽい影だ。ただ飛行船にしては少し形が変だとも思う。


「行ってみよう」


 コーは池の岸に沿って対岸へと回り込むことにした。シーナがそれに続く。水際は先ほどまでにも増してぬかるんでおり、歩きにくい防護服の足を取られないようにするには歩行に集中することが必要だった。

 そうして一歩一歩踏み出していると、後ろからガスマスクを通したシーナの息遣いが聞こえる。他に動くものも音をたてるものもない静寂の世界に、その呼吸音はやけに大きく響くように感じた。


 黒い影に近づくにつれて、それは二人の求めていたものではないことが徐々にはっきりしていった。揺らぐ気配がないし、上空に浮いている物でもない。風が吹いてハロスの塊が水上へと流れた。その向こうに現れたのは、公園の管理棟らしき二階建ての建物だった。


 それから数時間、二人は周辺を歩き回ってアツの飛行船の痕跡を探した。

 しかし何しろスカベンジャーが見かけてから既に数日が経過している。もしクーロンの言う通り、漂っているなり飛行しているのならば、とうにこの辺にはいないことも十分に考えられた。


 公園を横切り、入ってきたのとは反対側の通りに出る。かつての街並みの中をさらに歩いたが、手がかりは見つかりそうになかった。


「ふう、やはり難しいか。そろそろ引き上げかな」

「そうしよう。私は喉が渇いた」


 コーはもう一度周囲を見渡すと、腰にぶら下げた高高度照明弾を手に取った。これは800メートル近くまで打ち上がる照明弾で、今回の探索に備えて事前に街で手に入れておいたものだ。これなら地上から打ち上げればハロスを突き抜けてその上空で発光する。

 照明弾が打ちあがったらそれを合図にして、レンがその場所にジーシェを降ろしてくれる手筈になっていた。


「残念だがまた一から探し直しだ。いつになったら届けられるのやら、な」


 コーが照明弾の発射装置に指をかける。上に向けて引き金を引こうとしたその時だった。


 また一陣の強い風が吹いた。


 ハロスが流れ、不意にすぐ目の前の上空に、黒い影が現れた。


「なんてこった。ついてるぞ。こいつに違いない」


 コーは慌てて照明弾を腰に戻すと、その真っ黒な小型飛行船に向かって手を振った。

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