帰還
結局のところ、襲撃者たちが何者だったのかはわからずじまいだった。
コーの考えでは、彼らはシーナを横取りしようと受取人まで殺害したんじゃないか、ということだが、真相は闇の中ならぬハロスの中である。
ジーシェ号は傾き始めた夕日の中を、西に向かって飛んでいた。心なしか普段よりも赤みが強い太陽が目指すべきオクホ市やジョーネン市の向こうへと顔を隠そうとしている。
まだ夏には遠い季節である。この時間帯になると空気もかなり冷えてくるが、ゴンドラの内部に籠った熱気を吹き飛ばそうというかのように窓が開け放たれていた。
遠くに飛んでいる飛行船の数が少しずつ増え始めた。
街に近づいてきた証拠である。飽きもせずに咥え煙草でレンの双眼鏡を覗いていたシーナが、少し感じ入ったように煙を吐き出した。
「なるほど、こうやって遠くから見ると中々壮観なものだな。まるで巨大な煙突だ」
「ああ、街の煙のこと? 空から眺めるのは初めてなの?」
レンが聞くと、シーナはうむ、と頷いた。
「私はずっとラボの中で研究に明け暮れてたからな。覚えている限りは街からここまで離れたことはない。フィールドワークも歩いて行ける範囲ばかりだったよ」
「覚えている、といえば、シーナのその飛んでる記憶はなんなんだろうね。そのうち戻るのかな」
「多分薬かなんかを嗅がされて、その影響だろうな」
舵輪を握るコーが口を挟む。およそひと月の空白期間に何をしていたのか、それもまた謎のままである。シーナの自宅に行けば何か手がかりがあるのだろうか。
東から飛んでいくと、ジョーネン市の煙は一際よく見える。周囲の街と比べて飛びぬけて標高が高いわけでもないが、連なっている峰の中で山の形が綺麗な三角形をしているせいかもしれない。
シーナのラボ兼自宅があるというオクホ市は、逆に付近の街より高い所にある筈だが、東側にある山並みに阻まれてここからではよく見えない。
夕日を追いかけるように飛行を続け、ジーシェはチョウガ市の上空を抜けた。ここを超えればオクホ市がある穂高連峰が見えてくる。周囲には飛行船の数も増えている。
その間をすり抜けながらコーは巧みに舵を操った。
オクホ市にはこのあたりの街では特に大きな倉庫があるため、コーたちもよく出入りしていた。勝手知ったる、とまではいかないにしても馴染みの街である。
やがて三人は静かに発着場へと着陸したジーシェ号から地面の上へと降り立った。斜面の一部を大きく削り取って平らにした発着場は、街のかなり下の方に位置している。そのまま数キロメートル歩けばキタホ市に到着するほどの距離だ。
かつては3,000メートル級の山岳の尾根の縦走など、よほどしっかりと装備を整えなければ死の危険さえもある、困難なルートだったらしい。
だが今では尾根を巻くようにしてしっかりした道路が整備され、子供ですら平気で歩いて行く。最初にここを開発した人たちはよほど苦労したんだろうな、と、発着場からよく見える連絡道路を見ながら、レンは感慨深げに街の斜面を登っていった。
蒸気機関の排煙で煙たくなっている大通りを、行き交う人混みの流れに乗って三人は黙々と歩いた。街の中は仕事帰りの人々が溢れ、先頭を行くシーナを時折見失いそうになる。機械油の強烈な臭いを店先まで漂わせているジャンクパーツショップを過ぎて、横道へと入る。そのまま数十メートル歩いたところで、シーナが立ち止まった。
「おお、ここか。結構街中に――」
そう言って立ち止まっているシーナの目線を追ったコーが絶句した。
シーナも口を開いたまま腰に手をあてて立ち尽くしている。
追いついたレンがそちらを確認する。
そこには焼け焦げた建物の残骸が無残に転がっているだけだった。
燃え落ちた金属製の屋根、崩れ去った石造りの壁、内部を支えていたであろう木材たちは今やマッチの燃えカスのように黒く燻っているだけだ。
驚いて何も言えないコーとレンの方を振り返ると、シーナはため息と共に口を開いた。
「連中、全部奪ってったってことね。さあ、私もこれで宿無しだ」
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