思いつき
エンジンルームでシーナと二人、双眼鏡越しに窓の向こうを睨んでいると、確かに小さく飛行船の影が見えた。
レンはできるだけよく見ようとかなり強くレンズを目に押し当てたが、まだ船影ははっきりしない。ただ辛うじて茶色っぽい色をしているようには見える。
「ねえ、シーナ、そっちの、コーの双眼鏡貸してくれない。そっちの方がよく見えるから」
シーナは黙ったまま今まで見ていた双眼鏡をレンに手渡してくれた。そして咥えたままだった煙草を指に挟み、大きく煙を噴き出した。
受け取ったコーの新型の双眼鏡を駆使して船の影を拡大してみる。どうやら昨日襲撃してきた船に間違いなさそうだった。
「あれ? あれが私を狙ってるってやつ?」
「だと思う。どうして見つかったのかなあ」
レンは双眼鏡を外してエンジンに燃料を追加すると、シーナを連れて操舵室へと戻った。
「どんな具合だ?」
コーが尋ねる。
「まだ何キロも離れてる。でも昨日の感じだと時間の問題だよね」
「ハロスに潜るかとも思ったが、ガスマスクが二つしかねえんだよなあ。船内に入り込んできたときのことを考えると、長時間は潜れねえ」
「どっかの街でやり過ごそうか」
「いや、それもどうかな。あれだけしつこいなら、最悪街の中で襲われる可能性もあるぞ」
二人が善後策を話し合っていると、傍らで聞いていたシーナが口を挟んだ。
「こっちは武器はないの?」
「いや、生憎だがこいつは運送船だ。武器の類は持ち合わせてない。こうなるならさっきの街で何か仕入れるべきだったかな」
「もしどうしようもないなら私が捕まろうか」
シーナが冗談とも本気ともつかないようなことを言う。あまり表情を変えないので、本心なのかどうかの判断がつかなかったが、コーはそれを軽く笑い飛ばした。
「おいおい、シーナが捕まったら服代はどうするんだ? それに少なくともアンタは今のところ、俺が預かった荷物に違いはないんだ。預かった以上誰かにむざむざとくれてやる気はねえよ」
「あらそう、ありがたいこと。それじゃ何か役に立ちそうなものが無いか、探してみるとしようか」
シーナはそう言うと、レンに「案内してよ」と声をかけ、荷室へと向かった。レンもその後をついていく。
それから二人は荷室に設えた小型倉庫の中をひっくり返す作業にとりかかった。
小型倉庫にはつい最近購入したものから、もう何年も眠っているものまで、雑多な物品が適当に詰め込まれている。
工具類、ロープ、ナイフ、消火器、通信用の手旗、壊れていつか修理しようと思っていた無線機、燃料の空き箱……。
「これは?」
シーナがふと奥の方へ手を突っ込むと、何かを引っ張りだした。
ガチャガチャと音を立てて出てきたものを見て、レンは一瞬それがなんだったのかを思い出そうと目を閉じた。
「……ああ、思い出した。信号弾だよ。遭難したときとか不時着したときに打ち上げて、他の船に助けてもらうんだ。いざというときの備えで買ってあったんだけど」
勿論これまでのところ、それを使う必要に迫られたことがなかった。そのためすっかり存在を忘れていたのである。
一見して拳銃のようにも見えるその信号弾は、売られていたときの布袋に入ったままだ。
シーナは布袋に印字されている使用法や仕組みの説明をしばらく読んでいたが、なるほど、と一人で呟くと袋の中身を取り出した。
「レン、これ使えるんじゃないか」
「他の船に助けを求めるってこと? でもどうかなあ。いまのところ見渡す限り他の船は影も形も見えないし。助けが来る前に襲われるんじゃ……」
しかしレンが反論すると、シーナは、口の端をにやりと歪めた。
「もう少しいい使い方があるだろう。レン、こいつの射程は100メートルだ。それより近づくようにコーを説得してくれ」
「まさか、撃つつもり?」
「勿論。いいかい、今時の飛行船はだいたい水素式だ。レンも知っての通り水素は火花に弱い。火気に触れれば爆発を起こすからね。つまりこいつをあの連中の船のガス袋に命中させられれば――」
そこまで言うとシーナは、口の形だけでボン!と発し、それから意気揚々と言った体で戦利品を担いで荷室を後にした。
レンは床に散らかった小型倉庫の中身を眺めながら、不安と興奮と、そして片づけをぶん投げられた面倒くささが入り混じった気持ちでしばし立ち尽くした。
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