第14話 負けられない戦いがここにある

「釣りって落ち着くよなー」

「そやねー」

「なんか色々精神荒れても釣りさえしとけば自然と落ち着く」

「それな」

「「……ええ天気やな〜」」

「いやお前ら何があった!!!?」

 

 もう耐えきれんとばかりに凛ちゃんは叫び出す。どしたー? 荒れてるぞー。俺と川瀬はのんびり釣りを楽しんでるだけなのに。武瑠は武瑠で、なんか苦笑して頭を掻きつつこちらを生暖かい目で見てるし。

 

「別に何もー? いやただ、こうやってのんびり過ごすのも乙なものだと感じてるだけさー」

「ええい、陽ちゃんじゃ話にならん。愛美! 一体何があった!?」

 

 凛ちゃんはそう俺の言葉を一喝し、ガシッと愛美の肩を掴んで問い質す。

 

「……ナニモナカッタヨ……?」

 

 しかし、川瀬は顔を逸らして片言でそう言った。

 

「本当、何があったの!?」

 

 凛ちゃんは頭を抱えて叫ぶ。いいから釣りしよーぜ。釣りはいいぞー。全て忘れられる。と、そこで見かねたのか武瑠が凛ちゃんをなだめに入る。

 

「まあまあ。喧嘩とかでギスギスしたとか、そんな話でもないんだし」

 

 ギスギス……キスキス……キス……!?

 

「そそそ、何でもないんだよ。ななな、川瀬!?」

「ええええ。なーんもなかったよ。花凜は心配しすすすぎなのよ。落ち着いて!」

「いや、あんたらが落ち着け!?」

 

 仕方ねえだろ!? 今の武瑠のギスギスでさっきキスしそうだったこと思い出しちまったんだから! 川瀬は俺と同じように連想したのか、顔赤くして動揺してるし! 

 

「……はあ」

 

 武瑠がため息をつき、スタスタと俺の横に来たかと思うと釣り糸を垂らし釣りを始める。武瑠以外のみんなは俺を含めてぽかんとしたように彼を見つめる。

 

「……なーにがあったか知らんがさ、とりあえずは。釣りを楽しもうぜ。せっかくなんだからさ」

 

 そう言って、ニッと微笑む。それを見た俺たちは。

 

「「「い、イケメンだ……」」」


 そう揃って口にした。備考、武瑠はモテる。そして。やがて、俺たちは思い思いに釣りを楽しみ始める。

 

「しっかし、釣れないなぁ」

 

 しばらく時間が経ち、ふと武瑠が言う。キャンプ場管理の釣り場にて、俺たちは釣りをしているが、これが全く釣れない。聞こえてくるのはザザザザ、という風の音と流れる水の音。

 

「まあ、そういう時もあるだろうしな。まだ、時間は残ってるしその内釣れるだろう」

 

 嘆く武瑠に俺はそう返す。余談だが、実はここの釣り場は予約制だ。時間指定で他の客はいない。思い思いに気兼ねなく、大切な人たちと釣りを楽しめる、がここの売り文句らしい。

 

「……あ!」

 

 そんなことを思っていた折、少し離れた場所で釣りをしていた川瀬が小さな声を上げる。そしてすぐに表情を引締め、竿を振り上げる。水中から魚が飛び出し、その全容が顕になる。

 

「おおー愛美一番乗り。さっすが~」

 

 凛ちゃんがパチパチパチと拍手する。その様子を見て闘志を取り戻したのか、武瑠は

 

「別にいないってわけじゃなさそうだな。よし、俺らも釣るぞ、陽太」

「そうだな。……なあ、一つ賭けをしないか?」

「……賭け?」

 

  俺の言葉に怪訝な顔をする武瑠。俺はその顔に向かってニヤリと笑い

  

「どっちが多く釣れるか勝負。負けた方が学食三食分奢り。俺と小林達に奢りな」

「うわ、負けられねぇじゃんそれ。て言うか何だよ、俺と小林に奢りって。もう勝った気か? 訂正した方がいいぞ。武瑠と小林達に奢りって!」

「さて、それはどうかな!」

 

 それを合図に俺たちは互いに釣りに全神経を集中させる。負けられない闘いが今、始まる。

 

 ◆


「男共はホント、ああいうの好きだねぇ」

 

 華凛はやれやれと言うように首を振る。

 

「あははは……まあ、楽しそうだしいいんじゃない?」

 

 私がそう言うと華凛はうんにゃ、と言って頷く。

 

「確かに楽しんでるのはいいことだ。誰かさんも好きな男のはしゃいでる姿を見て満更でもなさそうな顔をしてるし?」

「ちょ、華凛……!?」

「あははは! 冗談、冗談。それにしても……」

 

 そこまで言うと、華凛は男子二人をまじまじと見て真剣な顔をする。

 

「……あの二人も、推せる」

「…………はい?」

「いや、ね? 愛美と陽ちゃんのカップリングも推せるしめっちゃ応援してるけどさ。あの二人もいいと思わない? むしろ幼い頃を知ってる分、今の二人がくっつくのを想像すると興奮する! あの幼き日々の少年たちは今やこんなたくましく!」

 

 ……えっと…………お母さんかな? 過激な。

 

「そして互いにふと気付く相手の魅力! それまでの絆がある分、葛藤する。この気持ちは正しいものなのか、と! しかし! 抑えられない、燃え上がる恋心! そして互いに抑えられなくなり……!」

 

 華凛は興奮したように熱く語る。いわゆる腐女子と言うやつだろうか。華凛がオタク趣味なのは知ってたけど、この分野に手を出したのは知らなかった。まあ、趣味嗜好は人それぞれだし、今やこういったジェンダーに対し世間は理解を示すようになった。

 

「ところで愛美はどっちが受けで、どっちが攻めだと思う?」

「…………はい?」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。と言うか知りたくないんだけど。だが無慈悲に華凛は

 

「だーかーらー」

 

 と、受けと攻めの何たるかを私に伝授し始めた。そして、その話を聞いた私は。

 

「~~~~!!」

「おうおう、これくらいで何、顔真っ赤にしてるんですか? あんた、小悪魔キャラでやってんだからこんくらい耐性もってるやろ」

「いや、でも……っ! そのっ……」

 

 私は顔を赤くして、挙動不審な反応をする。

 

「で、どうよ?」

「うっ…………」

 

 どっちが受けでどっちが攻めかとか、そういうのホント、よく分からないけどなぁ……。そう私は思いつつ、西山君を自分に置き換えて考えることにした。…………うーん。やっぱこれだなぁ。


「えーっと……どちらかと言うと谷口が攻めで西山君が受け……とか?」

 

 私は恐る恐るそう言う。すると、そう言った瞬間、華凛の顔が凍り付く。

 

「えっ……えっ……?」

 

 戸惑う私に華凛はニコニコと笑顔を浮かべつつ私の肩に手を置くとカッと、目を見開き

 

「愛美、私たちの仲もこれまでのようやね……」

「なんで!?」

「女子の友達関係とか脆いもんやで……」

「そういう闇深いこと言うのやめて!?」

 

 個人の感想です。と、私は誰に向けるでもなく心の中でツッコむ。そして、華凛はやれやれと大袈裟にため息をつく。

 

「あのなぁ……愛美。解釈違いは友情を破壊することもあるんやで?」

「……………………はい?」

 

 私がはてな、と首を傾げると華凛は畳み掛けるように言ってくる。

 

「いやだからさぁ! 陽ちゃん×武瑠はないでしょ! 武瑠×陽ちゃんでしょおがぁ! 間違っても逆はないでしょ!」

 

 えぇ……。要するに、華凛は解釈違いにご立腹らしい。私は攻めが谷口で受けが西山君と感じたが、彼女にとっては攻めは西山君で受けは谷口らしい。

 

「正直、どっちでもいいんだけど……」

「おっと、言ってはいけないことを! 言ってはいけないことを言ったな! 愛美!」

「オタクって面倒臭いね……」

「そんな事は言われなくても承知してらぁ! つーか、それ言うなら陽ちゃんに対するあんたの方が面倒臭いわ!」

「あ……あんた今なんて言った? もう一度言って見なさいよ」

「はい、言いまーす。愛美は面倒臭い女って言いましたー。普段は優秀なのに、恋愛に関してはポンコツってラブコメのヒロインかっつーの」

「いっ……言ってはいけないことを……!」

 

 そして互いに無言になり、次の瞬間にはその場の空気が変わる。実際にそんな音はしてないが、ビキッと言う、何かが割れた音がした。

 

「へー、ふーん。ならここらで決着をつけた方がいいようね。愛美。あっちも勝負しているし、いい機会じゃない?」

「そうね。残り三十分……どっちが多く釣れるか勝負ね。かかってきなさい、華凛」

「ええ。ここらで下克上と行こうやないか!」

 

 そして、戦いの膜が開ける——!

 

「そろそろ時間だし、片付けるか。俺が三匹で……陽太が三匹。何だ、引き分けか」

「だな。正義、義樹……互いに一人分奢ってやるってことにしとくか」

「だな。……っと。女子の方にも一声かけるか。おーい二人ともそろそろじ——ってうわっ!」

 

 集中していたところに声がかけられる。私と華凛は睨みつけるように

 

「「何?」」

「……………………えっとですね、そろそろ時間ですので片付けを始めるべきかと思いまして、失礼ながら、声をかけさせて頂きました」

 

 あっそっか。そう言えばそろそろ時間だ。片付けなきゃ。私は知らせてくれた西山君にお礼を言うが、何故か彼は泣き出しそうな様子でぺこりと一礼し、自分の片付けを始めた。

 

「で、結果は……」

「…………」

「私が二匹、華凛が一匹っと……」

「…………まっけたああああ!!」

 

 華凛は悔しそうに頭を抱える。

 

「まあまあ、よくやった方じゃない?」

「うわ何そのドヤ顔! めっちゃムカつくんやけど!」

「どやぁ」

「むかっつくなぁ……それ!」

 

 そして、互いに顔を見合せ、次の瞬間。互いに笑い出す。

 

「おし、片付けようか」

「そうだね」

 

 そして、私たちは後片付けを始めた。

 

 ……ちなみに何故か戻る道中、男子たちは私たちと顔を合わせようとしなかった。怯えているように見えたのは気のせいだろうか?

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