第5話 どこへ行く?まだ時間は残っているぞ

「おはよ! 谷口!」

「ん、おはよう川瀬」

 登校し、教室に入ると川瀬が挨拶してくる。心なしか、嬉しそうだ。……昨日の件で何か心境でも変わったのだろうか。いや、あれはいつも通り川瀬が小悪魔やってただけだろう。……多分、な。俺はクラスメイトと会話を再開する川瀬を横目にため息をつき、自分の席へと座る。そして、宿題をやっていないことに気が付きあわててノートを出し、取り組んだ。結局、間に合いはしなかったが。

 

「陽太〜飯食おうぜー!」

 

 午前の授業が終わり、友人である武瑠と小林こばやし兄弟が俺の席へとやってくる。

 

「ああ。でも、あとちょっとしたら教室出るんで早く食べるから」

「何で?」

「予定か?」

 

 俺の答えに小林兄弟が聞いてくる。ちなみに小林兄妹は双子で兄は正樹まさき、弟は義樹よしきだ。二人はまさに双子といった感じで、容姿がとても似ている。見分けるコツとしては右目にホクロがあるのが正樹、左目にホクロがあるのが義樹だ。……わかりづれぇ。

 

「まあな。委員会の仕事がある」

 

 俺は答えた。そう、早速委員会の仕事が今日からあるのだ。

 

「そっか。じゃ、早く食わなきゃな」

 

 武瑠はそう言うと近くの席に座り、弁当を食べ始める。小林兄弟も同じように近くの席に座る。……さて、俺も食べるか。俺は朝、作ったおにぎりを取り出し食べる。やはり、軽食にはおにぎりが一番だ。

 

「谷口、そろそろ図書室行こ」

 

 俺が昼食を終え、机を整理していると川瀬が話しかけてきた。

 

「そうだな」

 

 時間も時間だしちょうどいい。俺は立ち上がり、川瀬と共に図書室へ向かった。

 

 図書室に着くと吉村先生から改めて仕事の説明を受ける。と言ってもそんな難しいものでは無い。単に本の貸し借り業務を行うだけだ。早速カウンターへ行き、初めての仕事を開始する。

 

「……退屈だな」

 

 しばらく時間が経ち俺はポツリとつぶやく。全く人が来ない。めちゃくちゃ暇だ。

 

「まあ、図書室なんてそんなものだよ。今は昼休みだしあまり時間が無いから余計に人は少ないしね」

 

 川瀬が読んでた本を閉じ、俺の言葉に反応する。

 

「まあ、そりゃそうだろうな。仕事がないことに越したことはないけど……やっぱ退屈だな」

「んーもしかしてそれは私にかまって欲しいっていう意思表示? 仕方ないな~谷口は」

「いや、そんなこと思ってないわ!」

 

 川瀬が意地悪そうな表情で俺の顔を見上げるように覗き込む。近い!

 

「え~私は谷口と二人きりで嬉しいけどな。……それとも谷口は私と二人きりは……いや?」

「え、いや、その……」

 

 上目遣いで不安そうな表情を見せる川瀬に俺は口ごもる。自分の顔が真っ赤だろう。それでも俺は努めて冷静に一つ咳払いをして言う。

 

「べ、別に……嫌じゃねえよ……」

 

 俺は川瀬から顔を逸らして言う。なんかすげえ恥ずかしい。

 

「いやーお昼からグイグイ行きますなー! お二人さん?」

 

 突如、聞こえてきた陽気な声に俺と川瀬はビクッとしてそちらに顔を向ける。声の主は凛ちゃんだった。何故かドヤ顔をして仁王立ちだが。

 

「……小谷」

「えー何その他人行儀な態度。凛ちゃん呼びはー?」

「学校ではやだ」

「陽ちゃんは草食やなー。そんなんじゃ、彼女できないぞ☆」

 

 凛ちゃんが人差し指を立てウインクをしながら言ってくる。……なんかイラッとすんな。それ。

 

「いやいやこれでも谷口は肉食なんだよー。今もお前が構ってくれなくて寂しいって口説かれてたんだ」

「そんな事実は一切ねぇ!」

 

 川瀬の虚言に俺は噛みつく。俺の反応に川瀬はあれ、そうだっけ? とでも言うかのように舌を出した。……なんか顔赤くね? 気のせいだろうか。

 

「うわぁー陽ちゃん大胆やな~」


 凛ちゃんがニヤニヤしながら言う。この野郎。

 

「異議あり!」

「え、もしかして弄んでたの? こんな可愛い子の心を弄んでたなんて……そんな口先の言葉だったなんて陽ちゃんサイテー!」

「およよー。私遊ばれてたのね……」

 

 川瀬が泣き真似をする。わざとらしい。ていうか完全に棒読みだ。

 

「どうしてそうなる……というかお前は何しに来たんだよ。今日はお前当番じゃねえだろ」

「ん? そりゃ、陽ちゃんと愛美にちょっかいかけに来たに決まっとるやん?」

 

 俺のジト目に凛ちゃんは悪びれず答えた。と言うよりそれ以外なんかあるか? とでもいいたげな表情だ。

 

「図書室だから静かにしろよ……」

「ええやん。今誰もいないんやし。というかさっきまで大声で噛み付いてた陽ちゃんに言われてもねー」

「うっ……」

 

 ぐうの音も出ない。確かに俺も人のこと言えない。その俺の様子を見て凛ちゃんは鼻で笑いやれやれだぜとでも言いたげに両手を広げ首を振る。……滅茶苦茶イラッとするんだが。

 

「あ。そういえば華凛。今日委員会だから部活遅れるってみんなに伝えといて」

「了解。もしも早く連れてこいとか言われたら愛美は今、大事な時間を過ごしているんだ。その道を邪魔するなら私を倒してから行け! って言うね」

「いや、大袈裟すぎ。というかそんなはよ来いとか言う人いないでしょ」

 

 凛ちゃんの芝居がかった様子に川瀬は笑う。凛ちゃんもつられて笑う。なんかほっこりするな。

 

「と、それじゃ私はもう行くね。愛美、また放課後部活でね」

「うん、また後で」

 

 川瀬はニコニコと手を振りながら図書室から去っていく凛ちゃんを見送った。

 

「……はあ、なんか一気に疲れた」

「………………」

「な、なんだよ……」

 

 川瀬からの反応がないので彼女の方を見るとじっと無言でこちらを見ていた。え? 俺なんかした?

 

「ずっと華凛と話してばっかでつまらなかった」

「え?」


 川瀬は不貞腐れたように言いぷいと顔を背ける。

 

「…………もっと、私に構ってよ」

「え、いや、その、あっと……」

 

 キョドる俺。そんな俺を川瀬はじっと見て

 

「寂しかった」

 

 えええええ!? いや、待て落ち着け。これは、でも、ああもう、どうしろと! 冷静になれ。こんなんいつもの事だ。どうせからかわれてるだけだ。いや、でもいつもよりなんか自然というか本心ていう感じするし。と、俺の心はぐちゃぐちゃだ。表情にも出ているだろう。

 

「な~んてね♡」

 

 俺はハッとする。そこにはニヤついた表情の小悪魔がいた。

 

「え? 何、もしかしてドキドキした? ごめーん。谷口の純情弄んじゃって♡」

 

こ、の、や、ろ、う!! いや、そんなことはわかりきってただろう。しかし……気に食わん。

 

「……おい」

「ん? 何? 怒っちゃった?」

「もしかしたら川瀬の気を引くために、構わなかったって言ったらどうする?」

「……!? ~!」

 

 俺の言葉に顔を真っ赤に染め口をパクパクさせる川瀬。羞恥で内心叫ぶ俺。ちきしょう! 何か言う時はちゃんと考えてからいえって教わらなかったのか! お前は! 

 

「あの、いや、その……! ~っ!」

「川瀬!?」


 川瀬は何かごにょごにょと言ったかと思えば、カウンターを飛び出し図書室を出て行こうとする。が、出口でピタリとどまったかと思えばとぼとぼと歩いて戻って来た。

 

「まだ……仕事の時間終わってないから……」

「おう……そうだな……」

 

 それから数分間お互い気恥ずかしさで黙っていた。地獄の時間だった。誰か……来て……忙しい方がマシ。そんな願いは届かず、時間は過ぎた。

 

「もうそろそろ時間だからいいよー。お疲れ様」

 

 吉村先生が仕事の終わりを知らせに来た。が、俺と川瀬の間の妙な空気を感じ取ったのか、交互に俺と川瀬を見て怪訝な表情をする。

 

「……二人とも何かあった?」

「「何もありません」」

 

 見事にハモった。

 

「そ、そう……」

 

 ……時間って何でこんなにも過ぎるの遅いんだろうな。そんな哲学的なことを俺はしばらく考えていたのであった。

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