第1話

「アポロ。突然だが君を含めた、ディアナ、マリエラ、官兵衛の四人で新銀河系であるメギド系に発見された惑星ジオアース(仮)の調査を頼みたい。何分まだ発見されたばかりの新星だからね、地表面上環境から生態系、果ては先人類がいるかどうかすらまだ解明されていないんだ。三年後には君達専用の宇宙船も完成しているだろうから、歳の近いニューシード同士力を合わせて是非新たな成果をあげてもらいたい。尚、反論は受け付けないものとするよ。期限はジオアースに到着してからきっかり五年間。それまで君が研究チームのリーダーだ。期待しているよ」


 西暦2***年。アメリカ合衆国、某州。国立総合研究機関EDEN、総合会議室。ホログラムプロジェクターや電子ホワイトボード、会議机が並ぶ室内にて若き研究員アポロ・ヘリオスは自身の一応生みの親であり、EDENの統括理事長であるジェームス・フォブスマン氏に無茶振りとも思える仕事を振られ、空いた口が塞がらなかった。しかし、何とか脳内で状況を整理し、声が荒くなるのはお構いなしで口を開いた。


「お言葉ですが、博士。俺を含めて四人だけで地球とほぼ変わらない直径の新惑星を五年間という短いスパンで調査するのはいささか無理筋だと思いますが!? いくら専用の宇宙船を頂けた所で一大陸の調査が精々出来るかですよ。しかもニューシード同士力を合わせて、とは仰りますが、俺やディアナ、バイオ研究のエキスパートであるマリエラなら兎も角、官兵衛君はちょっと人選ミスすぎやしませんか? 彼は惑星調査よりも、またオリンピック選手として活躍した方が成果が出せると思いますけどね!!」


 アポロ・ヘリオスは声高々に自分達では無理だと訴えるが、会議室の上座に座る壮年の男性は紙コップ自販機のブラックコーヒー片手に平静に彼の訴えを話半分で聞いていた。

 というのも、アポロ・ヘリオスは自身では平凡だと思っているが、史上最年少ともいえる九歳の若さでナノマシンに人工知能を搭載した新たな環境保全装置の開発でノーベル物理学賞を受賞した異例の経歴がある。

 彼と同い年かつ同研究所で研究員をしているディアナ・セレネも十二歳という若さでノーベル化学賞を受賞している。マリエラ・メティスは飛び級でMITを卒業後、十歳という若さで医師免許を獲得。EDEN内にあるバイオ研究を専門とする研究チームにて次々に新たな成果をあげる頭のネジが飛んだ天才だ。

 有守官兵衛はこの三人とは別方向での才能が突出していて、十歳という驚異の年齢でオリンピック出場選手に選ばれ、陸上競技を始めとした六種目で六枚の金メダルを獲得しているオリンピックの申し子である。

 ジェームスはふむと顎髭に手を当て、会議室の下座に座る鴉羽色の短髪が似合う少年を見つめる。


「アポロ。君の言い分も大体わかった。が、しかしだ。このプロジェクトノアは国上層部が極秘にてすすめている壮大な計画なんだよ。そしてその上層部が君達ニューシードを計画の要として任命してきている状態だ。残念ながら私の独断ではないのだよ。幸い、国が設計製造する宇宙船は君達の要望をある程度聞き入れた装備を用意するとのことだ。二週間以内に稟議書を提出してくれたまえ」


 話は以上だ。質問等はまたデバイスから聞いてくれ。そう口にするなりジェームスはコーヒー片手に会議室を後にした。アポロはホロデバイスにて送信されてきた先程の内容をもう一度確認し、頭を抱えて呟いた。


「……これ何て無理ゲー」



 ✽ ✽ ✽



 アポロが暗い顔をして専用研究室に戻ると、研究室内は紙飛行機とヘリウムガス入りの風船があちこちに散乱している状態だった。研究机の上にはEDEN内の売店で購入出来る多種多様のスナック菓子の類が開けてあり、一ヶ月しか歳の離れていない妹が「アポロ! おかえりなさい」とポテトチップスを食しながら手を振っていた。


「ディアナ。この惨状は一体何?」

「あはは……。マリエラと官兵衛君がやったみたい。後で片付けるよ」


 栗茶色の緩く癖があるセミロングヘアの可愛らしい少女――ディアナは「とりあえず、博士のお相手お疲れ様。一緒に食べよ?」と疲れきった表情のアポロを労ってくれた。床に散乱した紙飛行機を踏まないように箒で一箇所に寄せると、アポロはテーブルに着きディアナにこう告げた。


「三年後、俺達四人で新惑星の調査に行くことになった。期限は五年間らしい。必要な設備や機材を二週間以内に稟議書に書いて提出しろだと」

「あっ、そうなんだ。わかった〜。楽しみだねえ」

「いやいや……もっと驚けよ!? 君はいつもふわっとした天然記念物だなオイ!!」


 アポロの殊勝な面持ちもディアナの前では長くは持たず、驚きを隠せない。ディアナはふんわり笑いながらも、「これでも驚いてるよ〜。アポロみたいには出来ませんって〜」とこれまた気の抜ける言葉遣いで彼の気持ちを宥めた。お菓子をすすめられ、アーモンド入りのチョコレートを何個か食べているうちに気持ちが落ち着いたのかアポロは溜め息を吐いた。


「ニューシードだから特別とか、優秀な遺伝子を掛け合せたから秀才とか、皆これ見よがしに言うけどさ。俺達だってそれなりに努力してるじゃん? 人の腹から産まれてないだけで、俺達も普通の人間だと思うんだけどね」

「人工子宮装置で古今東西からあつめた優秀な遺伝子を掛け合せて新人類をつくるっていうコンセプトだからね〜。皆、私達のこと単純に怖いんだと思うよ。気にする必要はないんじゃないかなぁ」


 悄気げるアポロの頭をよしよし撫でながらディアナは「そろそろマリエラ達戻ってくるかなぁ」と口にする。すると自動ドアが開き、唐突にクラッカーが鳴らされた。キラキラの銀紙まみれになったアポロは前方を見てまた深く溜め息を吐く。ブロンドのボブヘアが可愛らしい少女と赤毛の少年がにんまり笑顔でこうのたまう。


「アポロ、研究チームのリーダー就任おめでと。いやー、優秀な兄をもって良かった、良かった」

「アポロ先輩、出世街道まっしぐらすね! 自分も先輩見習ってもっと精進するっす」

「マリエラ、官兵衛君。君等に色々と言わなきゃならんことがある。取り敢えず座れ」


 キラキラの銀紙を隣のディアナがいそいそ取ってくれている中、アポロは疲れた表情でマリエラと官兵衛に座るように促す。兄貴分の様子がおかしいと思いながらも二人は空いた席に座る。アポロは二人のホロデバイスに資料を送信し、憂鬱そうに告げた。


「資料を送ったけど、一応口頭でも説明しておく。三年後に、俺達四人で太陽系外の新惑星に調査に行きます。必要な設備や機材があれは二週間以内に稟議書を提出しろって博士からのお達し。二人、何か質問はあるかい?」


 ホロデバイスに送信した資料に目を通したマリエラが拒否権はないのかと問うた。アポロ自身も抗議したが相手にされなかったことを伝えると、マリエラは心底嫌そうな顔をした。話を聞くと、どうやら五年間も地球を離れることが嫌らしい。慰めるかわりにテーブルに広げたお菓子をすすめると、ミニドーナツをもぐもぐ食べながらあからさまに「ジェームス。後で覚えとけよ」と不本意をあらわにした。

 官兵衛はテーブルの上にあったバナナマフィンを美味そうに食べながらもアポロに「先輩。リンギショって何ですか?」とあっけらかんに聞く。


「メチャわかりやすく言うと、僕はコレが欲しいですって要望を事細かに書いた書類。――官兵衛君のやつは俺が書くから、何か欲しいものがあれは言ってくれ」

「うーんそうっすね……。強いて言うならトレーニングルームが欲しいっす」

「わかった。書いておくよ」


 官兵衛はアポロにニカリと明るく笑みを見せながらも、「何とかなるっすよ。皆で宇宙旅行に行くと思って楽しみましょ!」とさっぱりした物言いである。確かに官兵衛の言う通り、なるようにしかならないのはアポロ自身良く解っていたので、気持ちを切り替えるつもりで皆にはっきりと言う。


「皆。どうせ行くなら、とことん調べ尽くすつもりでやろう。頼りないリーダーなのは自覚してるから、何か思うことがあれば何なりと言ってくれ」


 アポロの決意表明にディアナ、マリエラ、官兵衛はそれでこそ長兄だと笑う。その後、皆でお菓子パーティをしながら具体的なプランやどのような設備を稟議書に書くかを相談しながら、ボードゲームに興じる。

 このとき四人はまだ自分達が背負うことになる壮大で過酷な運命を知る由もなかった。

 これは後に二神や四賢人と讃えられることになる四人の風変わりな天才達が紡ぐ、困難と挫折と逆境の物語である。

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