第24話 術を尽くしての攻防

 否、延びたように見えた。枝のような杖は実は鞘になっており、そこから鏡のように綺麗な細身の剣が現れる。仕込み杖だったのだ。

「ハクリ、危ない!」

 兄の注意喚起はわずかに遅かった。レイピアのような剣の切っ先が、小刻みに震えながら最初にハクリの右手甲をかすめ、次いで右首筋を捉えた。

「いってえ!」

 歪むハクリの表情。右手で首の傷を相手の剣もろとも押さえている。

「ようやく一太刀浴びせられた。なかなか手強くていいぞ」

 加虐的な笑みを浮かべたクリューは、小さくではあるが舌なめずりをした。

「そんな台詞は勝ってから言え」

「何を強がっている。あと数センチも剣を動かせば、貴様の頸動脈に――おっ?」

「だから、そういう台詞は実際にやってからにしなよ。東洋武術の鍛錬、甘く見たな」

 ハクリが何をしているのか、ボクケイには分かっていた。

(刺されたまま皮膚の上から剣を押さえ、追撃を防ぐ。あわよくば武器を奪い反撃する。鍛えた握力と胆力あってこその戦術だが、危険だ。頃合いを見て逃れるべきかもしれないぞ、ハクリ)

「ぬう、常識外れな輩であれば、なおのことここで始末しなくては」

 剣を突こうにも抜こうにも動かないと悟ったクリューは、柄の部分を手放すや、一気に蹴り上げた。振動が刃を伝わり、ハクリの首に達する。

「くっ」

 ハクリは慌て気味に剣を引き抜き、最悪の事態は避けた。だが、蹴りの衝撃で剣が上を向いたため、それに併せてハクリ自身も若干、上を向いてしまっている。司会を外れたクリューがすっと接近し、足から低く飛んだ。

「ハクリ、避けるんだ!」

 ボクケイが忠告するも、弟の動きは鈍い。避けられない、と思えた次の瞬間、「うぐ」と呻いたのは何故かクリュー。宙を舞っている時点ですでにバランスを崩したように見えたクリューが、今は右足から血を流しつつも、再び距離を取っている。

「贈り物に感謝する、クリューさんよ」

 ハクリの手には敵の得物であった細身の剣が握られていた。腹目掛けて跳び蹴りを敢行したクリューを、これで迎撃したのだ。

「早くも己の物とするとは。――おいっ」

 クリューは壁男に目配せした。何かある!と察することはできたが、その正体が分からぬまま、ボクケイは自分の身体がいきなり担ぎ上げられたと知る。壁男の片腕がボクケイの胴を掴み、もう片方では右手首を掴んでいた。

(こいつ、私を投擲の槍のように投げるつもりか? しかも弟目掛けて)

 肌に伝わる感触、力の加減から分かったが、もう自分ではどうにもならない。

「避けてくれ、ハクリ!」

 さっきとほぼ同じ忠告になったが、伝わるか? ボクケイの懸念はある意味で当たった。ハクリは剣と落とすと、飛ばされてきた兄の身体を両手で受け止めたのだから。

「やはりそう動く」

 クリューがまたも宙を舞った。鋭い跳び蹴りが、ハクリの左側、側頭部や肩口を襲う。続けざまの衝撃によろめくハクリ。ボクケイを掴んでいた手から力が抜ける。

「ハクリ!」

 叫ぶボクケイの背後を壁男が取った。首を絞めてくるのはすぐに分かったので対処するも、動きは封じられた。これでは弟を助けに行けない。

 軽い脳震盪か、ハクリが酔っ払ったような足取りで一歩二歩と踏み出す。そこへ狙い定めて、二の矢、三の矢を放つクリュー。続けざまの蹴りにハクリの身体が吹っ飛んだ。柵を越え、地面まで一直線――とはならず、柵の向こう側の狭いスペースにどうにか収まる。だが、尻餅をついて、頭を振っているくらいだから、まだ脳が揺れているに違いない。下手に起き上がろうとするといよいよ危ない。

「動くな、ハクリ」

 脱出を試みながら、指示するボクケイ。クリューはというと、足の怪我を気にしたあと、次に床に目を凝らした。剣を探しているようだ。だが、見付けられないでいる。ボクケイはハクリが剣を故意に落としたあと、タンクの下に隠れるよう、蹴り込んだのを思い出した。

「待ってろハクリ。今行くから」

「この態勢でどの口が言うか」

 頭上で壁男がせせら笑う。確かに驚異の腕力だが、加減しているのかこれが限度なのか、ボクケイの身体を破壊するまでには至っていない。ボクケイは少し前から脱力をやめ、逆に全身に力を込め、筋肉を緊張させ、息を吸って身体の体積を多少増やしてみせた。その状態をしばらく保った後、不意にまた脱力。すると壁男は手応えがなくなったと感じたか、慌て口調で「およっ?」と間抜けな声を発する。

 ボクケイは身を沈めるとともに肩関節をぐるりと回し、力業の拘束から下向きに脱した。壁男は一層慌てて、捕まえに来ようとする。そこへボクケイは伸び上がり、頭突きを相手の顔面にお見舞いした。

(ここは床が固くて、固定しづらい。となると)

 ボクケイは弟が使っていたおしぼりを拾うと、ふらつく壁男にタンクの脇を縦に通る金属製の支柱を抱く格好を取らせた。さらにその両手の親指をおしぼりで縛り上げる。普通の男が相手ならこれで事足りようが、怪力の持ち主には不安だ。クリューがまだ探索を続けているのを確かめてから、ボクケイは壁男の背後に立ち、絞め落としに掛かった。

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