第23話 第二の敵

 背後を気にせず、ボクケイはまだ苦しそうにして立てないでいる弟へ駆け寄り、同時に敵への警戒及び攻撃を考えていた。と、そのとき敵が片手を小さく挙げ、

「――申し訳ありません。戦力投入願います」

 と早口で言った。

 呼応する形で「しょうがないわね」と呟く女性の声が聞こえたかもしれない。間髪入れず、ボクケイから見て左側にある出っ張り、多分給水タンクの上から、人影が跳び上がった。その影は、ボクケイとハクリの間に、どす、と降り立つとボクシングのような構えを取った。

「無粋な真似はさせん。おまえの相手は俺だ」

 そびえる壁のような圧迫感を有す巨体の男は、不似合いな軽いステップを踏みながら言った。赤い目と突き出した四角い顎に注意が向く。ボクケイは刑事として警告を発した。

「貴様ら、何者だ。何がきっかけか知らぬが、単なる喧嘩だとしても、罪に問わねばならん。ましてや我々が管轄外とは言え警察の者と知ってのことであれば、目的から何から白状してもらう」

 話の途中で壁のような男が前に出た。大振りだが素早い拳を打ち込まんとする。

「そして暴力に訴えるのであれば――」

 ボクケイは上からの軌道を見切り、腕を交差させて受け止めると、瞬時に跳ねのける。そしてがら空きになった相手の右脇腹に自らの右肘と左フックを連続して浴びせた。

「――相応の目に遭わせてから制圧する」

 宣言したボクケイは、相手がよろめくことで弟の様子を目にすることが叶った。

「ハクリ、無事かっ」

「何事も無しではないけれども」

 ハクリはすでに立ち上がり、口からおしぼりを排除していた。

「命は無事だよ」

 さらにそのおしぼりを紐のように使い、当初の敵である男の武器――いつの間に取り出したのか、細い枝のような杖だった――を絡め取らんとしている。

「ではそっちの杖男は任せた」

 ボクケイは声を張ったが、この台詞は形だけ。敵との戦いを一対一に限るつもりはなく、臨機応変に協力するのは当たり前である。

 ボクケイは再び壁男と相対した。ダメージがまだ取れない相手は前屈みになっており、頭の位置が低い。回し蹴りには絶好の高さだ。左側頭に狙いを定めて一閃、手応えあり。

 が、壁男は踏ん張ると再度、ステップを踏み始める。相手の最初の攻撃を見て、フットワークこそ軽いがパンチは動作が大きく見切りやすいと判断したボクケイは、このまま打ち合いに応じる。動きを止めるには、相手の首の太さから言って、顎先をかすめる鋭い一撃で脳を揺らしてやるのが最短であろう。

 懐に潜り込み、顎に初旬を絞ろうとした、その矢先。

「む?」

 壁男は突然拳闘スタイルをやめ、ボクケイを全身で捕まえに来た。

 こいつは殴るだけの奴だと思い込んでいたボクケイは反応が遅れた。僅少さで捕まる。

「何のつもりだ。圧死させる気か」

 敵の締め付けを脱力して逃しながら、ボクケイは耳元で囁いた。壁男は会話に応じた。

「俺の巨体でもそいつは無理だと分かっている。俺の狙いはおまえの足止め。こうしている間に、ク――おっと、名前は秘密だった。俺の相棒の手で、おまえの弟は援助なく敗れ去る。独りになったおまえを二人でなぶり殺しにする寸法だ」

「よくしゃべるな。ついでに目的も吐くつもりはあるかな」

 会話を続けると同時に弟の様子を窺おうとするボクケイ。だが、よく見えない。ただしこれは壁男にとっても同じはず。

「冥土の土産というやつか。俺はくれてやってもいいんだが、ドー、おお、いけないいけない、また名前を出してしまうところだった。主の許しを得てないからな。だが、一つだけ言ってもいいと言われていることがある」

「何だ? 勿体ぶらずに教えてくれよ」

「いいとも。警察が正式に何と名前を付けているかは知らないが、俺達は首都圏で連続している美青年殺しの、そうだな、関係者だ」

「何だって?」

 真面目に言っているのかこいつ。ボクケイは弟の闘いぶりを見ようとしていた視線を戻し、壁男の表情を見た。

「二度も言わないぜ。これを告げれば、おまえ達の正義感が掻き立てられ、狩るに値する男に昇華する可能性が高いんだそうだ」

「そう主張するのであれば証拠を示してみろ」

 だめ元で挑発する。壁男はそもそも聞く気がなかったようだ。肩越しに振り返り、相棒の様子を見やった。ボクケイも同じように戦況を見る。弟と杖男は、最前と変わらぬ姿勢で動かないでいた。

「遅いな、クリューさん。早くやっちまってくれよ」

「馬鹿か。名前を言うな」

「あ。すまない」

 小声で言ってぴょこっと頭を下げる壁男。

(杖男はクリュー。主は頭にドの付く名だから、別人か)

「まあいい。どうせ二人ともここで始末する」

「大きく出たな、クリューさんとやら」

 今度はハクリが挑発した。

「この僕に苦戦しているようでは、兄には勝てないぞ」

「どうでしょうね」

 言い返すと、クリューは何かのタイミングを待っていたかのように、杖を持つ手の手首を返した。するとおしぼりが絡んで固定されていた杖が、するりと延びた。否、延びたように見えた。

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