第15話 指導の交わり

 何を今さらと言わんばかりのジャックスイッチ。

「うん? 一つに絞れるか?」

「見たまんま、男と女を意味してるのは確かだと思うんですよ。で、被害者のマルティンが警戒していたのも間違いない。にも関わらずやられたのには、油断と思い込みがあったんじゃないかって」

「油断は分かるが、思い込みとは何だ」

「犯人が男の単独犯行だという思い込みです。目撃証言があるから実行犯は男だとしても、女の協力者がいたとしたら、どうでしょう?」

「なるほどな……マルティンがやられた理由として、ぴたりと来る。てことは記号の意味は、連続殺人犯は男女二人組だぞと示唆したかったわけだな」

「はい、それが最も妥当かなと」

 部下の推測に少しだけ感心したライミは、その返事にうんうんと頷いた。念のため、セイエースの意見を聞いてみようと、向き直る。

「ジャックスイッチの説、おまえはどう感じた?」

「そうだな、悪くはないかと」

 己の耳たぶを引っ張りながら、やや投げやりな調子でセイエース。

「何だその言い方は。若い奴に先を越されて、悔しいとかじゃないよな。おまえのことだから、悪くないと言うからにはどこか足りないと考えてるんだろ?」

「まあ、あくまでも私見であるし、単に表現の問題とも言えるから、わざわざ言うほどでもない」

「いや、言え。言ってくれ。情報や考えの共有が大事なのは。言うまでもなく分かるだろう。おまえさんはジャックスイッチの力量を測ったのだって、仲間について知っておく必要ありと考えたから。そうじゃないのか」

「やれやれ。相変わらず口うるさいな。黙ってもらうために、言うとするか。――いいかな、ジャックスイッチ刑事」

「は、はい」

 不意に呼ばれて、背筋を伸ばすジャックスイッチ。抜拳で上を行かれたためか、すっかりセイエースの“信者”だ。

「思い込みはよくないと言っていながら、君もまた思い込みを起こしている。雄雌の記号があったからと言って、犯人が男女二人組とは言い切れまい。男一人に女二人、男と女が二人ずつといった組み合わせはいくらでも想定できる。私が思うに、その記号から読み取れるのは、連続殺人犯の中に男と女が少なくとも一人ずついるぞということくらいだよ」

「そう、ですね、言われてみれば。男が二人、女が一人の複数犯だとしても、被害者のマルティンは男の記号を二つ書いている余裕はなかったでしょう」

 セイエースの見解に首肯をもって応えたのはジャックスイッチのみならず、ライミもだった。まったく、この男が殺し屋なんかに寄り道せず、最初っから刑事をしていたのなら、こちらも余計な気苦労を背負い込まずにすむものを。

「さあて、セイエース刑事の意見を取り入れるとして、次に何を見る?」

 ライミの用意した問い掛けに、ジャックスイッチはしばらく辺りの地面を見回し、答えた。

「足跡を仔細に調べるのはどうです? 被害者と犯人の二人だけとは思わず、他にも犯人がいた可能性、あるいは女性がいた可能性を考慮して」

「いいぞ。女が現場にいたとは限らないが、いた可能性はある。調べる範囲を広げた上で、足跡のみならず、長い髪の毛が落ちていないかも注意した方がいいだろうな」

 ライミが合格を出すと、少し離れたところでセイエースがまた口を挟む。

「すべての女性の髪が長いわけではないがね」

「無論、分かっている。他にも、短めの髪であっても、匂いを嗅ぐことで女性ではないかと推察することもできる、と続けるつもりだったんだよ」

「事件発覚からそこそこ時間が経っているし、雨降りでもなかった。毛髪はほぼ、風に飛ばされているんじゃないかなあ」

 言い合いをなかなかやめない二人を見て、ジャックスイッチが笑い声を漏らした。

「何だ。何がおかしい?」

「いえいえ。おかしいというか、何だかんだ言って、息ぴったりじゃないかと思えてきまして。いやあ、本当に勉強になります」

 笑いを堪え切れていない顔の前で、立てた右手を振るジャックスイッチ。ライミは咳払いをして、「さっさと捜せ」と命じた。


             *           *


 ファン・ボクケイは月が代わる前に首都に出て来た。無論、連続殺人の特別捜査隊に加わるためである。ただ、本来なら一人で来るはずだったのに、非番がたまたま重なったのを口実に、弟のハクリがおまけで着いてきた。

「ハクリ。はしゃぎすぎ、急ぎすぎだ。荷物が壊れかねない」

 蒸気機関車を降り、改札を通り抜けると、飛ぶように駅舎を出た弟を、ボクケイは後ろから呆れ気味に呼び止めた。

「大丈夫、どこにもぶつけてないよ」

 駅のすぐ外に居並ぶ高い建物群を見上げたまま、振り返ることなくハクリ。ボクケイは嘆息しつつ、弟の隣に追い付いた。

「本来、刑事たる者、非番は鋭気を養うための完全休養に充てるべきだと思っているんだが、入寮を手伝いたいと言うから着いてくるのを許したんだ。それが、この有様では観光そのものじゃないか」

「いいじゃない、折角来たんだし」

「少々観光していくのは、別にかまいやしないよ。着いて早々なのはどうかと思うし、観光客っぽい雰囲気を消す努力をしてくれ。何せ、近距離とは言え交通費はおまえの分まで警察から出ているんだから」

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