ウルチモ・マニチーノ ~ 女魔呪使いは異性を追究する

小石原淳

第1話 経験の乏しさに反比例する男前度

 むごたらしい犯罪現場を往来を行く人々から目隠しするための幕をくぐり、ラフ・ライミは部下一人を伴って“仕事場”に入った。顔馴染みの臨場法医ムスタファ・マリノに仕種だけで挨拶をして、遺体の傍らに跪く格好でしゃがむ。先発隊によって被された布をめくり、被害者の状況を直に確かめに掛かる。

「うわっ……」

 背後で部下のミーン・ジャックスイッチが刑事らしからぬ声を上げた。しかめ面になって肩越しに振り返り、若いジャックスイッチの童顔を睨め付ける。確かに昼日中、明るい陽射しの下で見るにはそぐわないものかもしれないが、刑事がそういう反応をしていてどうするんだ。

「死体を扱うの、何件目だ、坊や。男前が台無しだぜ」

「は、い……普通の遺体ならまだしも、これは凄惨すぎるんですよ」

 口元を片手で覆い、もう片方の手で鼻を摘まみながらジャックスイッチは顔を歪める。元が男前だから表情を引き締めていれば頼りがいのありそうな空気を醸し出すし、事実、剣術や棒術の腕前は確かである。上司たるラフ・ライミもかなわない、達人レベルだ。見目のよさプラス剣術競技会での圧倒的強さを背景に、署内の女性職員をとっかえひっかえしていると噂に聞く。

「この程度でか、まったく。極上の女を口説いて、エスコートするつもりで、気合いを入れろ」

「滅茶苦茶言ってませんか、ライミさーん」

 背を向けてしまった部下はとりあえず放って、ライミは被害者の死に様をざっと観察した。

 金髪で細い目をした優男。髪が赤みがかっているのは、血の飛沫のせいではなく、元からそのようだ。喉仏の辺りを深く、広く横裂きにされ、さらに両手首の内側も切られている。幸いにして、今回は五体満足揃っているようだ。

「どうです、先輩……? やっぱり連続殺人のアレですか」

「待て。今、探してるところだ。首にはなかった」

 遺体の着る白のシャツをはだけさせ、胸板を観察する。ここにもない。これまでに起きた六つの連続殺人では、三件が胸のやや左、、二件が首の後ろに特徴的な六芒星の刺創ができていた。胸でも首でもないとすると、残る一件の事例、腹か。

 そう考えて、シャツのボタンを外し、遺体腹部を確認する。

「あった。一連の殺しの新たな事件とみて、ほぼ間違いない」

「被害者は二枚目ですか?」

 ジャックスイッチの質問に、ライミは渋面を作った。すっくと立ち上がり、部下の肩を掴むと強引に振り向かせ、さらには背中を押して視線を下へとやらせた。

「自分の目で確かめろ」

「うう――う、二枚目ですね、多分。血で汚れて部分的にちょっと見づらいですが、男前です」

「男前のジャックスイッチ君が言うのなら確かだな。被害者の特徴もまあ、一致したと言える」

 ライミらが追っている連続殺人事件は、その被害者がすべて男性、しかも二枚目ばかりということで世間を賑わせている。

 現段階で最初の被害者として認定されているのは、大学生。ナシュー・シグレット、都市一番の大学に通う大学二年生で、学祭の美男コンテストで優勝したほどの男前だった。試験明けで軽く羽目を外した夜、店からの帰り道で襲われていた。アンドリュースという同級生かつ友人と徒歩で寮に帰るところだったのだが、犯人はアンドリュースの腹部を殴って悶絶させるとシグレットのみをその場から連れ去り、殺害。少し離れた公園に彼の死体を遺棄した。なお、アンドリュースの容貌は平凡な顔立ちに若干太り気味で、あとになって振り返るとこの連続殺人犯のお眼鏡にかなわなかったようだ。

「さあ、俺達も聞き込みに回るぞ」

「はい。――あれ? 今回は言わないんですね、例のジョーク」

「ジョークだと? ああ、あれか。もう言わないかもしれん」

 ライミは不思議そうな目で見てくる部下に対し、勿体を付けて答えた。

「どうしてです?」

「現実になる恐れがなきにしもあらずだからだよ」

「え」

 足が止まるジャックスイッチ。

 それもそのはず、ライミが前回まで口にしていたジョークとは、「次の犠牲者はおまえかもしれないから、せいぜい気を付けるんだな」であった。つまりこのジョークが現実になるとは、ジャックスイッチが惨殺される可能性を示唆していることになる……。

「どういう意味ですか。じ、自分で言うのは口幅ったいですけど、僕は剣術には自信があるんですよ。誰にも負ける気がしない」

 焦りを見せながらも反論するジャックスイッチをおいて、先に行くライミ。部下の慌てて追い付く足音を背中で聞く。隣に来たところで、説明してやった。

「動揺するなよ。そこまで自信があるんだったら、なおさらだ。まだ言ってなかったが、連続殺人事件の長期化を受けて、この度、特別捜査隊を作ろうという話がまとまってな。その一員として、ジャックスイッチ、おまえを推挙しておいた」

「え……っと。これは喜ぶべきところですか? 喜んでいいんですよね?」

「うむ、一応はおまえさんの力を認めたからこそ、推挙したんだし、採用はほぼ決まりだし、自慢にはなるんじゃないか」

「やった。で、選抜の基準は何なんです? 剣術の腕前を買ってもらったんだとしたら戦闘力かな。あ、でも、犯人が分からないのだからいきなり格闘することはないか……」

 興奮気味に目を大きくし、想像を巡らせるジャックスイッチ。ライミはその肩をぽんと叩いた。

「難しく考える必要はないぞ。坊やのもう一つの特色、売りを思い浮かべればいい。すぐにぴんと来るさ」

「もう一つの特色? 売り? ……まさか、男前であること、ですか。それくらいしかないですもんね」

 ジャックスイッチは臆面もなくさらりと言った。ライミは苦笑いと共に嘆息を一つして、それから肯定した。

「そうだ。特別捜査隊はこの連続殺人の犯人をおびき出す、囮になるんだよ」

「う」

 再び、ジャックスイッチの足が止まった。数歩先に進んだライミが振り返ると、部下の青ざめた二枚目顔が見えた。

「嫌だー!」

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