「山城五判は動きまくる ー打ち切り坂ー 後編」

※この作品に登場する人物、及び、作品、場所、団体など、すべて架空のものです。




「『有機栽培王』の打ち切りは決まっていたというのかよ!?なのに、なんで、僕のサイコキラーちゃんが打ち切りって話になったんだ!?」

「……」


 山城五判は唾を飛ばしながら、弘前に詰め寄った。


「一体、どういうことなんだ!?説明しろ!!!」

「はい、説明します……」


 弘前は真剣な表情で、語り始めた。




≪ここから、弘前の回想シーン≫


 あれは先日のことです……。

 終焉社(週刊少年ダンプの出版社)の会議室で、編集長と編集部の全員が揃って、持田先生の新連載枠確保のため、どの漫画を打ち切りにするかを話し合っていました。

 もちろん、その会議の場には私(弘前)も居ました。

 それで長い時間、話し合った結果、編集長が……、


「まあ、アンケートと読者の反応からして、疑心先生には悪いけど『有機栽培王』を打ち切った方が良いんじゃないかなと、私は思うんだが……」


と言いました。

 すると、疑心先生の担当者は。


「ですよねー……。毎週アンケート結果が最下位で、打ち切りにならないのが不思議な状態ですし、そろそろ頃合いですかねー……」

「そうだねー。よし、じゃあ、『有機栽培王』は打ち切りと言うことで……」


 この編集長と疑心先生の担当者の発言で、『有機栽培王』の打ち切りは決定。

 他の編集者たちも、編集長の『有機栽培王』の打ち切りに賛成していました。


 ……。

 ですが、私としては、まだ伸びしろのある『有機栽培王』を、アンケート結果と読者の反応という理由だけで、打ち切るのは早計ではないかと思いました。

 それに、『有機栽培王』を打ち切るという編集長の言葉で、みんな思考停止してしまっているのは良くないなぁ……と。

 そこで、私はある考えが浮かび、手を上げました。


「ん?どうしたの、弘前くん?なにか意見でも?」

「はい。『有機栽培王』より『恋するサイコキラーちゃん』を打ち切りにした方が良いと思います」


 その場に居た全員が凍り付いたように動かなくなりました。

 ですが、私は話を進めます。


「サイコキラーちゃんは数字だけ見ると成績は良いのですが、TVアニメ放送終了後のアンケート結果を見ると、以前よりも下がっています。どうやら、アニメ化で一時的に話題になり新規ファンを獲得出来たものの、そのまま人気の維持ができず、TVアニメの放送終了と同時に新規ファンが離れていったようです。このことから、サイコキラーちゃんの人気はTVアニメ化による一過性のものでしかないと思いました」


 私が話を始めると、編集長たちは急に姿勢を正して、私の話に耳を傾けました。


「それに、ライバルキャラのメンヘラちゃん登場回だとアンケート結果の順位が上位まで行きますが、メンヘラちゃんが登場しない回のアンケート結果だと、順位が真ん中あたりまで下がります。なので、サイコキラーちゃんの作品人気はかなり不安定で、メンヘラちゃん頼りになっています」


 私がそう言うと、編集長はハンカチで汗を拭きます。

 すると、編集者の一人が挙手をして意見を言い始めました。


「しかし、それでも、サイコキラーちゃんは人気があるにはあるじゃないですか。それに比べて『有機栽培王』はアンケート結果が毎週最下位ですよー。それなのに、サイコキラーちゃんを打ち切って、『有機栽培王』を残すメリットはないんじゃないですか?」


 彼の意見は、正論でした。

 しかし、私は反論をします。


「確かに、今の『有機栽培王』はアンケート結果の成績も読者の評判も良くありません……。ですが、以前『有機栽培王』のアンケート結果がサイコキラーちゃんを超えたことがありました」

「なんだって!?」


 編集部、全員が驚きました。


「『有機栽培王』が劇中で『カードバトル』をやった回です。この回は前後編になっており、この回だけアンケート結果と読者の評判が良かったのです」


 私の言葉を聞いた『有機栽培王』の担当者は大きく声を上げました。


「ああ!そういえば、そうだ!!本当なら、すぐにでも打ち切られるはずだった『有機栽培王』が今も残っているのは、そのカードバトル回の評判が良かったからだ!」

「そういうことです。つまり、『有機栽培王』は今の展開をやめて、評判の良かった『カードバトル』路線にストーリーを切り替えるべきです」


 私の言葉に、編集部全員が唸りました。

 ですが、編集長はまだ苦い顔をして渋っています。


「……弘前くん……。『有機栽培王』の路線変更は良いアイデアだが、だからと言って、まだ結果が出ていない『有機栽培王』より、それなりに結果を出しているサイコキラーちゃんを打ち切りにするって言うのは、かなり無謀だと思うんだが……」


 この編集長の言葉で、空気が変わりました。


「『有機栽培王』の路線を変えたところで、人気が出るとは限りませんしねぇ……。これで人気が出なければ、大損ですよね……」

「まだ人気のあるサイコキラーちゃんを切って、首の皮一枚で繋がっている『有機栽培王』を残す方が危険でしょ……」

「危険を冒すよりも、無難にサイコキラーちゃんを残しておいた方が良いんじゃないんですか?」


 編集部のみんなは、また『有機栽培王』を打ち切る方向で考え始めました。

 やはり、今の時代は、危険な賭けをするよりも、無難で安全な道を選んだ方が良いという考えなのでしょうか。

 なので、私は切り札を出しました。


「実はこれを出そうか迷っていたんですが……。皆さんが煮え切らないようなので、出すことにします……」


 そう言って、私はポケットからボイスレコーダーを出します。

 そして、ボイスレコーダーの再生ボタンを押すと……。


『もうやってられるか!!こんな漫画!!!』


 !?


 会議室に衝撃が走ります。

 サイコキラーちゃんのキャラクター人気投票の結果に納得が行かなくて、暴れていた時の山城五判先生の声がボイスレコーダーから流れます。

 それを聞いた編集部の皆さんは愕然。


「オイ、この声って……」

「ああ、間違いない……山城五判先生の声じゃないか……」

「はい。キャラクター人気投票の結果が気に入らなくて荒れてた時の山城五判先生の肉声です」


 実はあの時、裁判沙汰になった時に有利になるかもと思って、こっそりボイスレコーダーで山城五判先生の声を録音していました。


『離せ!!離すんだ!!この資本主義のブタめ!!俺は今から、原稿用紙にあの世界一有名な『アメリカネズミ』の絵を描いて、こんな漫画を終わらせてやるんだよ!!!』


 この音声を聞いた編集部の皆さんの顔が一気に青ざめました。

 そして、会議室を揺らすほど、全員が一斉に震え出します。


「山城五判先生が、原稿にあの『アメリカネズミ』を描こうとしていただと!!?」

「あ、あの、すべての創作物を終焉へと向かわせる禁断の怪物……『アメリカネズミ』を描こうとしていたなんて……うっ!」


 私は「はい」と頷きました。

 編集者の一人がアメリカネズミの恐怖に耐え切れず、その場で嘔吐しました。

 編集長も、今にも嘔吐しかねないような真っ青な表情をして震えています。

 私はボイスレコーダーを停止しました。


「はい。そんなわけで、山城五判先生はサイコキラーちゃんの人気投票結果が気に入らなくて、あの禁断の『アメリカネズミ』を描いて漫画を終わらせようとしていたのです……」


 それを聞いた編集長は立ち上がり、


「どんなことがあっても……、どんな理由があっても……、どんなに人気の漫画家であっても……!!この長い歴史のある週刊少年ダンプに、あの『アメリカネズミ』を描くことだけは絶対に許さない!!!」


と、大きな声で叫びました。


 このボイスレコーダーの音声が決定打になり、『恋するサイコキラーちゃん』の打ち切りが決定になりました。

 打ち切り候補だった『有機栽培王』は路線変更するということで、そのまま続投。

 ただ、一応、人気作であるサイコキラーちゃんをいきなり打ち切ると読者やファンの方々が困惑してしまうので、ちゃんと完結できるように3週分の猶予をもらいました。

 まあ、本当は持田先生の新連載が開始するまでの準備期間ですけどね。



≪弘前の回想、終了≫



≪ここから、再び本編≫


「きぃぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 奇声をあげ、山城五判はカッターナイフを持って走り出した。

 カッターナイフの刃が、弘前へと迫る。

 弘前は持っていた救急箱でカッターナイフの刃を防いだ。

 カッターナイフの刃は、プラスチック製の救急箱を貫通した。


「ちょっ!!五判先生、落ち着いて下さい!!さすがに刃物はやめて下さいよ!!」

「僕の漫画の打ち切りが決定したのは、全部、お前のせいじゃあないかぁああああああーーーーーーーー!!!!!!」


 狂気に染まった山城五判は、よだれか胃液かわからないような液体を口から垂らしながら叫ぶ。


「ええー。だって、先生が人気投票の結果が気に入らなくて『こんな漫画やめてやる!』って言ったのが原因でしょうー」

「あのときは、確かにどうにかしてたけど、なんで、お前は自分が担当していない『有機栽培王』のフォローをして、サイコキラーちゃんを打ち切る方向に話を進めてんだよぉ!!!なに考えてんだ、貴様はァ!!!?」

「……。正直言うと、僕、五判先生の漫画、好きじゃないですよ……」


 弘前は落ち着き、冷静に、確実に、淡々とそう言った。

 その言葉で、山城五判の中でなにかがキレた。


「こ・ろ・す」


 山城五判は救急箱に刺さったカッターナイフを引き抜き、再び、刃を弘前に向けた。

 だが、弘前は山城五判の動きよりも素早い動きで、山城五判の喉を手刀で突いた。

 それは目にも見えない早さだった。

 喉を突かれた山城五判を白目を剥いて、口から泡を吹き、その場にバタンと倒れた。


「はぁ……はぁ……」


 弘前は肩で息をして、膝を床に付けた。


「も、もはや、こうするしかなかった……。こうするしかなかったんだよ……」


 泡を吹いて気を失う山城五判を見つめる弘前。

 そして……。


「そうやって、すぐキレるから好きになれないんだよ……。あんたのことも、あんたの漫画も……」




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