ほくほくの粕汁
神月裕二
第1話 粕汁作ったった
両親が死んでから、もう半年が過ぎた。もちろん両方が一度に亡くなったわけではない。
父親が亡くなり、その1年ほど後に母親が死んだのだ。
二人とも病死だった。
地方の古い旧家なので、家は古くて大きい。
古民家だ。
そして今やこの家に残されたのは、僕たちきょうだい3人だけになった。
僕に弟に、妹の3人である。
とは言っても、いい感じの年頃の男と女だ。それなりに働き、それなりの金を稼ぎ、それなりに家事もする。
食事当番は、お互いの負担にあまりならないように、それでいて偏らないように交替制を取るのは、自然の成り行きだった。
僕自身も、何年か一人暮らしを経験した身であるから、適当な感じだが料理もする。しかし、それは自分が食べる分だから出来た話で、3人分作るとなると、やはり気を遣う。
前後の食事と被らないように。
肉や魚に偏らないように。
野菜もきちんと摂ろう。
それに予算のことも考えないといけない。
手を抜こうとすればお金がかかるし、節約しすぎるのもあまりよろしくない。
正直な話、最初はやはり面倒くさかった。
ただ、ひと月ふた月と数をこなしていくと、なんとなく楽しくもなった。
次は、何を作ってやろうか。
もう少し上手く、美味いものを作りたい。
「美味しい」と言わせたい。
そんな気持ちも湧いてきた。
夕方、会社の仕事が終わってスーパーに駆け込み、特売品や見切り品を物色するのも楽しいものである。
仕事の休憩中に折り込みチラシを見ながら、どこのスーパーの、どういう食材が安いのか見比べている自分を想像するだけでニヤけてしまう。
それにしても、今年の冬は特に寒い。ここ数年で、一番冷え込むんじゃないか。手をこすり合わせ、息で手を暖めながらそう思う。
車を運転中も手袋が手放せないし、何よりも家の電気料金が見たこともないような金額になっていて、少しばかりヤバさを感じるぐらいだ。
山間地域でもなく、ましてや北国でもないこんな盆地に住まいしていてさえそう思う寒さだった。
こんな冬には、やはりアレが食べたくなるね。
そう思うと、もうその口になってしまい、無性に食べたくなった。
粕汁だ。
ご存じない方もおられるかもしれないので、ざっくりと説明すると、日本酒をつくる過程でできる白い固形物である「酒粕」を入れて煮込んだ汁物のことだ。
どうやら近畿地方を中心に食べられているらしい。
酒粕を使うので少しはアルコールが含まれているそうだが、これを食べて酔ったことはない。
我が家では、少なくとも僕が幼いころから、冬場になると祖母が作ってくれた料理だ。もしかして酒に強いのはこの粕汁のおかげか?
具材は鮭にちくわ(ほかの練り物でもよい)、こんにゃく、薄揚げの他に、大根やゴボウなどの根菜類が入る。この鮭の塩味が旨味を引き出してくれるのだ。
鮭ではなく豚バラ(豚コマでも可)を入れる場合もあるが、我が家では鮭も豚も両方入っている。ずっとそうだったのでそれが普通だと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
さて、料理当番の日がやってきた。
会社の仕事を定時に切り上げ、近くのスーパーへ向かう。
駐車場に車を停めて、買い物かごを手に売り場へ。
まずは野菜売り場で、お目当ての根菜を探す。
その後、鮮魚売り場へ足を向けると、ちょうど店員さんが30%オフのシールを貼り始めたところだった。
これはラッキー。
でも、鮭のアラは無く、また塩鮭の切り身には値引きのシールが貼られておらず、アンラッキー(´;ω;`)ウゥゥ
などと言っていても仕方ないので、商品を選んで買い物かごに入れていく。
あ、そうそう。
今日のメニューは、具たっぷりのおかず粕汁の他に、炊き込みご飯を作るのだったことを思い出し、炊き込みご飯の素を物色する。
「五目御飯にしようか、それとも…」
いくつかのパッケージ写真と値段を見比べる。
かしわ飯の素。
キミに決めた。
その後、支払いをして帰途につく。
さあ、作るぞ!
僕は腕まくりをして、気合を入れる。
指を切らないように気を付けながら、粕汁に入れる具材を切っていく。
大根と人参、こんにゃくはなるべく大きさをそろえて拍子切りに。
薄揚げも、そんな感じで。
ちくわは輪切り。
ゴボウはささがきにしておく。
小芋は皮をむいて小さいものはそのまま、大きめのものは半分に。
それらを鍋に入れて、しばらく煮込んでいく。
その間に、ご飯の準備。とは言っても、洗っておいたお米に「かしわ飯の素」を入れて炊飯器にセットするだけ。
鍋がぐつぐつと言い始めた。
いい感じである。
このタイミングで、一口大に切った豚バラと鮭の切り身を投入する。
アクを取り、酒粕を入れる。
酒粕は、薄い板状になっているので、そのまま鍋に入れても溶けにくいので、小さくちぎり、溶かしながら鍋に入れていった。
そこで味見。
少し薄い気がする。もう少しコクが欲しいと思ったので、白だしと味噌で味を調える。
うん。いい感じに仕上がった。
改めて鍋の中に目を向けると、結構というか、かなり具だくさんの粕汁になってしまった。
でもまぁ、炊き込みご飯と粕汁のみだから、ちょうどいいかも知れない。
と自己満足に浸っていると、ご飯も炊けたようだ。
少し蒸らしてから炊飯器の蓋を開ける。
湯気がムワッと立ち上る。
おお、いい匂い。
「出来たよー」
そう声をかけると、居間でテレビを見ていた弟と妹が、待ってましたとばかりにキッチンに駆け込んでくる。
弟はいつもは残業で帰宅が21時を過ぎることがざらにあるが、今日はたまたま定時に退勤で来たらしい。
お仕事、本当にご苦労さまである。
「おお! ほんまに具だくさんや」
鍋を覗き込んでいう。
「炊き込みご飯も美味しそう」
せやろ。
もっと言い給え。
それぞれ、自分の茶碗に炊き込みご飯と粕汁をよそっていく。
きょうだい3人手を合わせて、
「いただきます!」
刻んだ葱を乗せ、七味唐辛子を振りかけて、粕汁をすする。
美味い!
里芋もほくほくじゃないか。
ほんのりと鮭の塩味がいい仕事をしている。
冬の寒い時期の粕汁は、やっぱり良いなぁ。
体が温まる。
さて、今度は何を作ろうかな。
ごちそうさまでした。
完結
ほくほくの粕汁 神月裕二 @kamiduki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます