リリの電話

塩野秋

この町

 白山リリは町でいちばん嫌われている女の子だ。


 果樹農家がいくつか並ぶ山の付近の、誰が見てもボロ小屋としか思えない小さなアバラ小屋に住んでいて、片親で父親は酒浸りで、職も就かない、町の中でも有名な鼻つまみものだ。


 それなのに、リリはクソがつくほど美少女だ。


 亜麻色の長くて軽やかな髪、長いまつ毛に囲われたガラス細工みたいに透き通った瞳。白い肌に小さくて細い顎。身長は中学三年生らしい平均さだが、そのスタイルが、人形のように整っている。


 奈帆には、それが不気味でもあった。

 騒がしい教室の中で一人、課題を黙々とこなす、まるでドラマのワンシーンをわざとらしく撮られているようなリリの姿を、奈帆は頬杖をついて、遠巻きに眺めていた。奈帆の向かいに座る友人が塾のテストをこなしているのに目を落とし、またリリに目を向ける。


 リリはいじめられているというわけではなかった。かといって、友達はいなかった。いつも女子には陰口を言われていたし、男子からはいつも「ワンチャン」ないかと思われていた。

 だからリリは、いつも遠巻きに眺められている。


「ね〜、奈帆。この問題わかんないんだけど」

 友人の朋花が声をかけた。奈帆は問題用紙に目を向け、頬まで伸びた黒髪を耳にかける。

「わかる、わかんない以前に、回答ズレてるよ。一個ずつ」

「えっ、嘘」

「ほんと」


 奈帆はあくびを噛み殺す。窓から差し込む日差しがうなじを温める。しかめっ面で問題を上から見返す友人から目を離し、窓へ視線を移した。無駄に広い校庭。高い建物なんかひとつもない町。


 町。

 この町はとても小さい。

 奈帆はこの町が、嫌いだ。

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