第3話

 この世には、二種類の人間がいる。

 お酒で酔った時の行動を覚えている者と、覚えていない者だ。

 そして残念ながら、私は前者に分類される。


 あぁ、やってしまったぁ……。

 パーティ会場ではおとなしくしておくって、決めていたのに……。


 あのパーティの騒動から、三日が過ぎていた。

 私は家に帰ってから、騒ぎのことを知った両親にほどほどに叱られた。

 とはいえ、ほとんど悪いのは相手の方なので、きつく怒られるようなことはなかった。

 そんな私に、お姉さまはやさしい言葉をかけてくれた。

 あまりのやさしさに、天使が語り掛けてきたのかと勘違いしそうだった。


 さて、問題は、アイザックの処遇についてだ。

 まず、アイザックの父上であるライデル家当主が謝罪をしてきた。

 どうやら、普段のバカ息子のイキりっぷりを知らなかったらしく、地面に穴が開くのではないかというほどの土下座を披露された。

 どうにか婚約を取り消さないでほしいと懇願された。


 どうやら、私たちの婚約は両家にとって大事なものらしい。

 一応私も侯爵令嬢なのだから、政略結婚をする覚悟はできている。

 しかし、当の本人であるアイザックに問題があるのでは、受け入れられないと私の父上が申し出た。


 どうやらアイザックはライデル家当主にこっぴどく怒られたらしく、深く反省しているそうだ。

 態度も改め、これからは誠実に接していく所存だそうだ。


 それなら、アイザックからの謝罪の場を用意し、そこで和解して、それで丸く収めようという話になった。

 私からすれば、あのアイザックが態度を改めたとはとても信じられなかった。

 そこで私の父上がいくつか相手に提案して、娘の身の安全を保障する条件を出した。

 少々やり過ぎという気もするけれど、以前の騒動ではナイフで切りかかられそうになったので(私が煽ったせいなんだけれど)、心配する父上の気持ちもわからないでもない。

 その条件を相手は受け入れて、話がまとまった。


 そして私は、森に囲まれた広い庭のある屋敷を訪れていた。

 この場所で、アイザックからの謝罪を受け入れた後、和解しようというわけだ。

 今日のディナーの席で、アイザックからの謝罪がある。

 今はまだ昼なので、それまでたっぷりと時間がある。

 時間をつぶすために個室で読書でもしようと思ったけれど、せっかくなので庭を散歩することにした。

 歩いてみると想像以上に広い庭で、景色もきれいだったので思わず見とれていた。


 そんな私のうしろには、身長二メートルを超える大男が立っていた……。


 あ、別に彼は怪しい者ではない。

 父上が私の安全を考慮して出した条件のうちの一つである。

 彼は、私のボディガードなのだ。

 父上によれば、彼が私のことを危険から遠ざけてくれるらしいが、彼自身が危険人物なのではないかと思うほど、厳つい風貌だ。

 偏見なのは十分承知なのだけれど、めちゃくちゃ怖い。


 これじゃあ落ち着いて散歩もできない。

 とりあえず、コーヒーでも飲んで気を紛らわせよう。

 屋敷にいるメイドに頼み、私は庭にあるテラス席で、のんびりとコーヒーを飲んでいた。

 右後方一メートルの位置に、二メートル越えの大男は立っている(これからは親しみを込めて、彼のことを心の中ではマッチョくんと呼称する)。


 うーん、落ち着かない。

 マッチョくん、側に立っているだけで圧がすごい……。


「あ、あなたも座って、コーヒーでも飲んだらどう?」


 私はビビりながらも、マッチョくんに提案したのだけれど……。


「いえ、自分にはお嬢様を守るという、大事な仕事がありますから」


 と、普通に断られた。

 せめて座ってくれたら、威圧感も半減すると思ったんだけれど……。


「これは命令よ。あなたも座ってコーヒーを飲んで」


 と、雇用関係の立場を利用して、私はマッチョくんに対して強気に出てみた。

 ……どきどき。

 逆ギレとかされないよね……。


「わかりました」


 マッチョくんは私の正面の椅子に座った。

 ふぅ、これで少しは落ち着くことができる。

 私はマッチョくんのコーヒーをメイドに頼んだ。

 ついでにショートケーキもそれぞれの分を頼んでおいた。


「おまたせしました。どうぞ」


 数分後、コーヒーとショートケーキがテーブルに運ばれてきた。

 さっそくケーキを食べる。

 おぉ、かなりおいしい! 

 コーヒーとの相性も抜群である。


 ふと正面を見ると、ちょうどマッチョくんがケーキを食べているところだった。

 これまた偏見で申し訳ないのだけれど、マッチョの大男がショートケーキを食べている場面というのは、なんとなくシュールで笑いがこみあげてくる。

 でも、笑うのはさすがにマッチョくんに悪い。

 私はうつむいて必死に笑うのを我慢していた。


 少し落ち着いたので、私は再びマッチョくんに視線を移す。

 そこには、熱いコーヒーを冷ますために、ふぅふぅしているマッチョくんの姿があった。


「んぐふぅ……」


 笑うのを我慢したせいで、変な声が出てしまった。


「どうかされましたか、お嬢様?」


「あ、いえいえ、何でもないの」


 慌てて答える私。


「そうですか? お顔が赤いようですが?」


 本気で心配そうな顔をしてこちらを見てくるマッチョくん。

 私は正直に答えることにした。


「ごめんなさい。マッチョくんがふぅふぅしている姿が面白かったから、つい……」


 あっ……、言ったあとで気付いた。

 彼のことを本当にマッチョくんと呼んでしまった。

 これは、心の中だけでの呼び方だったのに……。

 こんな小娘にマッチョくん呼ばわりされて、怒ってないだろうか? 

 私は恐る恐るマッチョくんの顔を見る……。


「すいません。自分は、猫舌なものですから……」


 というのが、マッチョくんの返答だった。

 あれ? 

 マッチョくん呼びは、OKな感じ? 

 よかったぁ……。

 怒り狂ったマッチョくんにフルボッコにされるのかと思っていた。

 根暗ゆえのネガティブシンキングが杞憂に終わってよかった……。


 ほっとした私は、ホットコーヒーを飲んでいると、遂に彼が現れた。

 私の憎き敵、じゃなかった、婚約者であるアイザックが屋敷にやってきたのだ。

 あれ? 

 右足にギブスを巻いて、松葉杖をついている。


 ぷぷー、転んじゃったのかなぁ? 

 私を傷つけようとした罰が当たったのね。

 いいザマだわぁ。

 ……おっとっと、抑えて抑えて。

 今日は、和解するためにここへ来たんだから。


 さて、今日はお互いに感情を抑えて、和解するはずだったのだけれど、遂に例の事件が起きてしまうのである。

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