パーティ会場で婚約破棄を言い渡されましたが、その話をあまり聞いていなかった結果
下柳
第1話
「ここが、パーティ会場かぁ……」
侯爵令嬢である私、シェリル・パーセルは、貴族たちの集まりに参加するため、会場を訪れていた。
なんだか、別次元に来たのではないかと錯覚してしまう。
根暗な私にとって、パーティ会場なんて一生かかわりのない場所だと思っていた。
実は、これでも過去に一度、社交界デビューしようとした時期があるのだ。
でも、会場に着いた途端、「あ、私はこの場所を楽しむレベルに達していない」と、子供心ながらに察し、その場を後にして社交界デビューは失敗に終わったのだった。
そんな私がどうしてこんな場所に来ているのかというと、今日はお姉さまの代理で来たからだ。
根暗な私とは違って、お姉さまは社交界ではそれなりに有名である。
こんな根暗な私にも優しく接してくれる、大好きなお姉さま。
そんなお姉さまの頼みならば、地獄だろうと社交界だろうと、どこにでも行く所存である。
まぁ、そんなわけで、私は社交界デビューするに至ったのだった。
いや、正確に言えば、まだデビューしていない。
目の前にある会場に足を踏み入れない限りは……。
「帰ろうかな……」
私は思わず呟いた。
お姉さまのために頑張ろうと決心してきたが、早くもその決心が揺らぎつつある。
私の決心なんて、所詮はその程度の軽さなのだ。
比重で言えば一より小さい。
空気より軽い。
私の決心は、天に召されたのである。
「でも、このまま帰るなんて、お姉さまに悪いし……」
頑張って一歩踏み出そうかな……。
うーん、でも、やっぱり、私の肌にはどうも合わない気がする。
窓から中の様子が見えるが、とにかく人が多い。
私は人混みが苦手なのだ。
優しいお姉さまなら、私がドタキャンして帰ってきても、きっと許してくれるはず……。
いや、だめだ!
私の評価が下がるのはいいけれど、このまま帰ると、お姉さまの評価まで下がってしまう。
うん、お姉さまのためにも、社交界デビューするしかない!
私は決意して、パーティ会場に足を踏み入れた。
「お、おぉ……」
初めての社交界は、思ったほど堅苦しくはなかった。
挨拶をされたり、「一緒にダンスでもどうだい?」なんて、声をかけられることもなかった。
単に私がボッチなだけなのかもしれないけれど……。
まぁ、それならそれで好都合だ。
ボッチには慣れている。
知らない人に声を掛けられるより、何倍もマシだ。
私は辺りをきょろきょろと見まわした。
どうやら今日は、立食パーティらしい。
なんて素晴らしいんだろう。
何が素晴らしいって、立食というところがだ。
これならどれだけ食べても、周りにたくさん食べていると気付かれることはない。
社交界では一応乙女モードで臨もうと思っていたのだが、そんな気遣いは必要なさそうだ。
知らず知らずのうちに、自分の中で社交界のハードルが上がっていたみたいだ。
これなら私でも大丈夫。
要は、豪華なボッチ飯だと思えばいい。
これなら普通に楽しめそうだ。
「うわぁ……、なんであいつがここに……」
気分を良くしていたが、一人、顔見知りの人物がいることに気付いた。
それは、私の婚約者であるアイザック・ライデルだ。
婚約者といっても、政略結婚の相手だけれど。
まさか、彼も来ていたなんて……。
はっきり言って、私は彼のことが嫌いだ。
その理由は、最悪の出会い方のせいだ。
彼は私と初めて顔を会わせた時、「なんて太った女なんだ。こんなのが僕の婚約者なのか。まぁ、いい。形だけの夫婦になるだけだ。僕は愛人と一緒に暮らすから、君も勝手にするといい」と、愛人を侍らせながら私に言い放ったのだ。
しかもその愛人は、指輪をつけていた。
私にくれた安物と違って、明らかに高価なものである。
婚約者である私のことはどうでもよくて、愛人のことしか考えていないのは明らかだった。
これには、さすがに腹が立った。
確かに、当時の私は太っていた。
しかし、政略結婚とはいえ、婚約者にそんなことを言うなんて、許せなかった。
そこで私は、ダイエットをした。
そして、誰もが憧れる、美しい容姿を手に入れたのだ。
それからというもの、アイザックは人が変わったように、私に接しようとしてきた。
しかし、私は拒否した。
まぁ、当然である。
べつに、彼に喜んでもらおうとダイエットをしたわけではない。
むしろその逆だ。彼からしてみれば、せっかく美しい婚約者がいるのに、相手にしてもらえないのだ。
そうして私は、ささやかな復讐をしたのだった。
そんな彼がこんなところにいるなんて、せっかくの美味しい料理がまずくなってしまう。
あ、今、彼と目が合った。
最悪である。
あれ?
何か、にやにやしているぞ。
何か、よからぬことを企んでいそうな目だった。
性格の悪い彼のことだ。
きっとろくでもないことに違いない。
まぁ、あんな奴のことを気にしていても仕方がない。
私はワイングラスを手に取った。
お酒は、結構好きだ。
たくさんは飲めないけれど、このワインはすっきりとしていて飲みやすい。
あれ?
アイザックが壇上に上がている。
何をするんだろう。
あ、何か話し始めた。
まぁ、私は興味がないので無視しておこう。
あんな奴に割く時間はない。
それよりも今は、豪華なボッチ飯と洒落込もう。
「あ、おいしい……」
料理はどれもおいしい。
少しずついろいろな種類のものを食べて行った。
お酒もどんどん進む。
私はグラスを取り換えてもらい、二杯目を飲んでいた。
あれ?
心なしか、周りからの視線を感じる。
なんでそんなにこっちを見るの?
社交界デビューしたての根暗ボッチには、その視線による精神攻撃は、効果抜群なのですが……。
いやいや、気にしたらダメだ。
根暗ゆえの被害妄想かもしれない。
よし、周りのことはシャットアウトして、料理を食べることに集中しよう。
次は、よくわからないオシャレなハムを食べよっと。
うーん、美味しい!
お酒もどんどん進む。
……やっぱり、見られている。
気のせいなんかじゃない。
どうして、私を見るの?
もしかして、料理を食べ過ぎてることがバレた?
今からでも、乙女モードに擬態した方がいいかな……。
でも、既に手遅れな気もする。
今の私は、まさしく注目の的だった。
原因は不明。
もしかして、私の美貌に見とれているのだろうか……。
「おや? あの美しいご婦人は誰だ? 見たことない顔だね」みたいな。
……いや、それはないか。
さすがにそこまで私は自惚れていない。
その可能性は七十パーセントから八十パーセントくらいだろう。
うぅ、周りからの視線が痛い!
さすがにこれ以上耐えられそうもない。
でも、私はお姉さまの代理で来ているのだから、おとなしくしていた方がいいだろう。
そもそも、どうしてこんなに注目されているんだろう。
何か、きっかけがあったのは確かだ。
そういえば、アイザックが壇上に立って話し始めたくらいから、皆の視線が段々とこちらに集まってきたような気がする。
でも、アイザックの話なんて興味なかったし、料理を食べることに夢中だったから、ほとんど耳に入ってこなかった。
えっとぉ、彼はなんて言っていた?
最初は、何か皆に挨拶をしていた。
その辺までは聞いていたのだけれど、肝心のそのあとのことが、わからない。
ちょうどその辺りから料理に集中し始めたのだ。
頑張って思い出すんだ。
私はやればできる子。
えっとぉ、確か彼は途中から大声で何か言い始めて、うるさいなぁ、こいつ、と思ったことは覚えている。
その時、彼はなんて言っていた?
あ……、思い出した。
確か、「こんにゃくを廃棄する」とか、そんな感じのことを言っていた。
……え、だからなんなの?
なんで、こんにゃくを廃棄すると彼が言って、私が注目されないといけないの?
全然意味が分からない。
私とこんにゃくの関連性が見当たらない。
捨てるくらいなら、まぁ、私が食べますけれど?
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