第7話

「ふざけんな、そんなマネできるかよ」


「このままじゃどのみちジリ貧だ。だったらともかく、まずは元凶を封じるのが先決だろう」


「けど」


「オマエはオマエのなすべきことをしろ」


「……」


「それともなにか、オレひとりじゃ手に負えないとでも?」


「簡単にくたばんじゃねえぞ」


「寝言は寝て言うんだな」


 いつになく深刻な面持ちの祥太をアゴでしゃくって追い払い、オレは正念場と対峙する。ほの暗い体育館には土気色の肌をした、空ろな目の生徒たちがごった返していた。その器は人であってもそこに納まる本懐プシュケは人でなし、眼前の異端オレを排除せんと虎視眈々とその機会を窺っているのだ。


 目下、この世とあの世の隔たりは取り払われようとしていた。グラウンドの上空に刻まれた真一文字の亀裂は禍々しくわななき、覗き見る深淵は鬼を吐く。ならばいかなる手段をもってしてもこの諸悪の根源を断たねばならぬ。それで皆、たちどころに正気に返るだろう。憂慮すべきはそれまでのあいだ、この局面をいかに凌ぎ切るか。

 純然たるバケモノ相手ならいざしらず、形はどうあれその肉体は人間なのだ。いまだ手にあまるこの怪異の力を発揮すれば、ともすれば命を奪いかねない。ゾンビ映画よろしくわらわらと集りくる生徒たちをオレは徒手空拳で払いのけていった。しかしながら生身の体ひとつでは一騎当千は荷が重く、次第に壁際に追いやられ、思わず女子生徒のひとりを強か打ちつけてしまう。

 へなへなとくずおれる彼女は、「痛いよお」蚊の鳴くような声で呻いた。これまで口を利いた者はだれひとりいなかった、意識を取りもどしつつあるのか。とどのつまり、まもなく亀裂は閉じられようとしている。


――やってくれたな――


 存外たやすく片がつきそうな事態を前に、安堵のため息が自ずと漏れる。われ先にとオレへと目がけ押し寄せてきていた人集りも、ピタリとその足を止めた。オレは彼女の傍らへゆるりと跪いた。


「大丈夫か」


 こちらの問いに応えて差し出された手を取り引き起こすと、ドスン、と彼女は力なくしなだれかかってきた。華奢な肩が小刻みに震えていた。腰丈ほどもありそうな長い髪はよほど重たくのしかかり、彼女はうなだれたまま、じり、じり、後ずさる。そうして堰を切ったようにケタケタとはしたなく笑いだした。

 オレの脇腹には包丁が突き立てられていた。あふれ出した赤黒い血は彼女の手を伝って、絶えず床へと滴る。しだれかかった髪の奥で、その唇はしかと邪にほくそ笑んでいた。


「今、なにかしたか?」


「なんだと」


「アイツには、借りがあるのさ」


 ふたたび彼女の手を取るとオレは深々と刺さった包丁を強引に引き抜き、そしてすかさずその刃先を握りしめる。


「抜け殻だったオレに夢を見させてくれた」


 見る見るうちに包丁は黒ずみ、しまいには粉々になって霧散した。


「だからよお、悪いがここから先、何人たりとも通すわけにはいかん」


「理子、数学のノート借りるねー」

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