十万字書ける求道の「小説の書き方」コラム
カイ艦長
第1話 会話だらけの小説と、説明だらけの小説
会話だらけの小説と、説明だらけの小説
皆様は、会話文だらけの小説はたくさん読んできていると思います。
現在のライトノベルの大きな特徴が「会話文で進んでいく物語」だからです。
キャラクターがとにかくよくしゃべる。
場合によっては十回でも二十回でも会話文だけでつなげていけます。
そんな「会話文だらけの小説」でも「小説賞・新人賞」は獲れるのでしょうか。
初回はその検証を行ないます。
まず「会話文だらけ」から。
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「ねえ先生、なぜこのまま彼に投げさせたらダメなんですか?」
「腕の筋肉に疲れが蓄積していて柔軟性を失っているんだ」
「柔軟性?」
「そうだ。筋肉が柔軟性を失うと、思いっきり力を入れた瞬間に切れやすくなる」
「切れる……ですか?」
「最悪、筋断裂を起こして一生投げられなくなりかねん……」
「そんな……」
「たとえこの試合を投げきれたところで、もう二度と投げられなくなる可能性すらある」
────────
まあ例題がつまらないのはいつものことですので、そこはツッコまないように。
ここでは「筋肉疲労による筋断裂が心配だ」という流れで会話が続いています。
確かにこのままでも情報は読み手に伝わっています。
ですが、これを「小説」と読んでよいものかどうか。
読み手に伝えたい情報はキャラクターがしゃべって説明してくれる。
これってマンガやアニメそのものですよね。
守旧派からすれば、これはただのシナリオです。しかもト書きですらない。
そして小説賞を開催している出版社は、基本的に守旧派です。
「会話文だらけの小説」は、書籍化するに能わない「表現ができていない作品」でしかありません。
次は「説明文だらけ」を見ていきます。
────────
彼が今投げた直球はよくて140キロ台だ。最速160キロを超える豪腕からは見る影もない。投げ終えてベンチへ戻ってくるとき、すでに肩で大きく息をしている。
誰が見ても限界だ。しかし投手はベンチに座るなりアイシングを行ない、懸命に肩と肘周りを冷やしている。次の回もマウンドへ向かおうとしているのだ。
その覚悟を感じ取った選手たちは、誰ひとり彼に話しかけられなかった。
試合の勝ちにこだわる投手の気迫が、マウンドから下ろせない空気を生み出している。
────────
見たものをただ書いているだけですが、「会話文だらけ」とは一味違う世界観が生み出されてはいないでしょうか。
そして感じられるのは「会話文だらけ」のほうが読みやすいという点です。
この読みやすさの違いが「ライトノベル」の「ライト」に転化されやすい。
だから、多くの書き手は「会話文だらけ」を選択するのです。
では「会話文だらけ」が最適解なのか。
もうひとつの例を挙げます。
────────
今すぐ彼をマウンドから降ろさなければならない。ここまでの連投で、腕にはすでに大量の乳酸が蓄積し、筋肉はしなやかさを失っているはずだ。
このまま投げ続ければ、いずれ筋断裂を起こしかねない。そうなったら投手として再起するのはかぎりなく難しくなるだろう。
彼中心のこのチームで、彼を失うことは勝ちを諦めることと同義だ。
しかしチームの勝利のために、学校の名誉のためだけに、一人の人間の将来を奪っていい道理はない。
メンバーから恨まれようと、学校から責められようとも、今すべての責任をとらなければならない。
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「独り語り」にしてみました。
比較してわかるのは、一人称視点での主人公の「独り語り」で「説明」しているだけなのです。つまり「会話文だらけ」と大差はありません。
しかし「会話文だらけ」よりはしっかりと読ませる力が文章にありますよね。
「小説賞・新人賞」で一人称視点が推奨されるのは、このような「独り語り」を書けるだけの筆力があるかどうかを見分けるためでもあります。
つまり「ライトノベル」の「ライト」は「会話文だらけ」ではなく「独り語り」にあるのが正しい姿です。
よし、それならこれからは「独り語り」で書いてやる。そうすれば受賞間違いなしだ!!
早計に判断しないでください。
なぜあえて異なる三つの文体を提示したのか。
「独り語り」の優位性も確かにあります。
しかし、この三つをミックスする能力こそ、「小説賞・新人賞」には求められているのです。
つまり「会話文・説明文・独り語り」のいいとこ取りができるかどうか。
「会話文」とは詰まるところ、会話に参加している人たちの意見を聞く、つまり三人いたら三人の意見がたちどころにわかります。
「説明文」とは誰か特定の人物から見た視点ではなく、客観的にカメラで撮影しているだけ。だからこそ、目の前で繰り広げられている光景を淡々と余すところなく表現できます。
そして「独り語り」は一人称視点の主人公が頭の中で考えていることをつらつらと書き連ねていくのです。
賞レースにおいて「一人称視点が絶対に有利」なのは間違いありません。
三人称視点は、誰の心も覗けていまう「神の視点」に陥りやすいのです。「神の視点」となった時点で作品は死にます。
「神の視点」で書かれた名作というものはあまりないのではないでしょうか。だって謎があっても謎ではない。スリルを演出しているけどネタは割れている。
これでどうやって面白さを紡いでいけばよいのでしょうか。
だから「神の視点」は最初から排除したほうがよいのです。
「一人称視点」でしっかりとした小説を書く。
それが評価されたら、「三人称視点」に挑戦してもよいでしょう。
しかし「神の視点」とならないよう、細心の注意を払ってください。
そしてもし「三人称視点」が評価されたら、初めて「神の視点」に近い語り口を模索するときです。
初心者は「神の視点」が書きやすいと思っているようですが、作品として成立させるのは困難なのです。
だから「一人称視点」が人気を博すまで、「三人称視点」ですら禁止するべき。
私たちは、まだ「一人称視点」の奥深さに気づいていないだけなのです。
では三つの文体を混ぜてみます。
────────
彼が今投げた直球はよくて140キロ台だ。最速160キロを超える豪腕からは見る影もない。
今すぐ彼をマウンドから降ろさなければならない。
「ねえ先生、なぜこのまま彼に投げさせたらダメなんですか?」
「腕の筋肉に疲れが蓄積していて柔軟性を失っているんだ」
ここまでの連投で、腕にはすでに大量の乳酸が蓄積し、筋肉はしなやかさを失っているはずだ。
「柔軟性?」
「そうだ」
サングラスを外しながら答える。
「筋肉が柔軟性を失うと、思いっきり力を入れた瞬間に切れやすくなる」
「切れる……ですか?」
このまま投げ続ければ、いずれ筋断裂を起こしかねない。そうなったら投手として再起するのはかぎりなく難しくなるだろう。
「そんな……」
「たとえこの試合を投げきれたところで、もう二度と投げられなくなる可能性すらある」
彼中心のこのチームで、彼を失うことは勝ちを諦めることと同義だ。
しかしチームの勝利のために、学校の名誉のためだけに、一人の人間の将来を奪っていい道理はない。
投げ終えてベンチへ戻ってくるとき、すでに肩で大きく息をしている。
誰が見ても限界だ。しかし投手はベンチに座るなりアイシングを行ない、懸命に肩と肘周りを冷やしている。次の回もマウンドへ向かおうとしているのだ。
その覚悟を感じ取った選手たちは、誰ひとり彼に話しかけられなかった。
試合の勝ちにこだわる投手の気迫が、マウンドから下ろせない空気を生み出している。
メンバーから恨まれようと、学校から責められようとも、今すべての責任をとらなければならない。
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この文章を読んでみて、どうお感じになったでしょうか。
実は先ほどの例文三つを重複しているところだけ省いて、あとはすべて混ぜています。
こうしたときの文章の密度を感じてみてください。
「会話文だらけ」でここまで読ませる魅力があったかどうか。
「説明だらけ」でここまで生き生きとした文章になったかどうか。
「独り語り」でここまで他人の意見を混ぜられたかどうか。
その要求のすべてがここに詰まっています。
そして「小説賞・新人賞」で求められる文章のレベルの最低限はここです。
つまり「会話文」「説明文」「独り語り」で情報量が詰まった文章なのです。
書きやすいから「会話文だらけ」にちょこっと「説明文」を加えればよいのでは?
そう思うかもしれませんが、あまりよい結果にはつながらないでしょう。
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「ねえ先生、なぜこのまま彼に投げさせたらダメなんですか?」
マネージャーは不思議そうな顔を見せる。
「腕の筋肉に疲れが蓄積していて柔軟性を失っているんだ」
「柔軟性?」
「そうだ」
サングラスを外しながら答える。
「筋肉が柔軟性を失うと、思いっきり力を入れた瞬間に切れやすくなる」
「切れる……ですか?」
「最悪、筋断裂を起こして一生投げられなくなりかねん……」
「そんな……」
真っ青になった顔が悲痛さを物語る。
「たとえこの試合を投げきれたところで、もう二度と投げられなくなる可能性すらある」
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どうでしょうか。この一見よくある「ライト」な文章。
読みやすいのは確かですが、情報量が詰まっているでしょうか。
私はこのレベルを「ト書き」と呼んでいます。
脚本では、演じる役名とセリフと、そして「と彼は首を振った。」のような「と〜」という動作が書かれています。だから「と書き」で「ト書き」なのです。
つまりこの文章は「ト書き」であって「小説ではありません」。
ここを勘違いしていると、せっかくのよい物語も綴り方が悪かったばかりに一次選考の通過すら怪しくなります。
私たちが目指すべきなのは「会話文」「説明文」「独り語り」を適度にミックスした「情報量の多い」文章です。
そして、これを目標にすると、十万字があっという間に埋まります。
それはそうですよ。
「会話文」だけで書いていた人が「説明文」と「独り語り」を書くわけですから、いつもの三倍早く文字数が埋まりますから。
だから十万字で長大ロマン作品を書くのはあまりオススメしません。
十万字で書ける勇者の物語は「立志」「挫折」「克服」「勝利」の起承転結くらいなものです。
長大ロマン作品を書きたいのなら百万字は書くくらいの覚悟を持ちましょう。
ということで、第一回の検証は以上です。
「会話文だらけ」も「説明文だらけ」も「独り語り」だけも。
いずれも小説の一部分しか見ていません。
小説は三位一体なものです。
いずれかに偏っているうちは、本物の小説書きにはなれないでしょう。
その点、私もまだまだです。
ですが、検証してみて、合点がいきました。
終盤時間がなくなると「会話文だらけ」になってぐだぐだになってしまう欠点があったのがはっきりとしましたからね。
急いでいるときこそ、三つのバランスをとらなければならないのです。
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告知です。
本コラムでは、皆様からさまざまなご質問をお待ちしております。
私ひとりで思いつくネタの数なんてたかが知れていますからね。
小説を書くうえで疑問に思ったこと、不安に思ったこと、迷っていること。
そんなことがございましたら、ぜひコメントを残していただけたらと存じます。
私が「小説の書き方」コラムで蓄積した知識を、より実践的にお示しできたら、きっと皆様のお役に立てるでしょう。
皆様のご質問を心よりお待ちしております。
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