第5話

 ー翌朝


 ピピピ…


 午前5時AIスピーカーのアラームで目が覚めた寛は、ふと…隣の横に顔を向けると、隣で寝息を立てている小さな顔に驚き、一瞬ギョッとした。


 直ぐにそれが愛菜だと気付いた彼は、フウッと深い息を吐いた。


 昨夜、外食先では、ファミレスはイヤとか…ジャンクフードはイヤとか、あれこれと要求して来て、結局入った店は小さな和食の店だった。その帰りに彼女はスーパーで食材を購入して、帰宅してから翌朝の為に簡単な料理を作った。


 親の教育が行き届いていたのか、それとも単に神経質なのか…良く解らない彼女と一緒に生活した彼は、独り身だった生活が懐かしく感じてしまった。


 彼は愛菜が料理している間に、入浴を済ませようとしたら…「一緒に入るから待って」と、彼女は調理が終わるまで彼を待たせて、簡単な食事を作り終えると一緒に風呂に入って来た。


 入浴後、次の日に市役所と近くの学校への転校手続きの準備を行い、2人は寝る前に歯磨きをして一緒のベッドの布団で寝る事になった。


 布団に入るなり愛菜は寛に抱き着いて来た。それを見た寛は少し戸惑っていた。


 (さて…どうしたものかな?)


 彼女の前では下手な事は言えない、かと言って…今更この関係を終わらせるのも無理だと感じた彼はそのまま布団の中に入って眠り落ちる。


 小さな少女は寛に抱き付きながら夢の中に入ってしまう。寛は眠る愛菜を見て、可愛いとは感じたが…自分が想像していた女子小学生とは明らかに何かが違う…と感じて少し戸惑いと自分に対する違和感を隠せずにいられなかった。


 朝、起きると…隣で、まだ夢の中にいる少女を見て、彼は静かにベッドから起きあがろうとした。すると…


 「あ、おはようございます」


 眠たそうな目を擦りながら愛菜が起き上がった。


 「ああ、ごめん、起こしちゃった?」

 「いえ…私の方こそ、直ぐに起きれなくてごめんなさい。朝が苦手なので…」

 「大丈夫だよ。ゆっくり寝ていて」

 「いえ…平気です」


 寛は彼女との会話で、昨夜寝る前に感じた違和感が何なのか少し理解し始めて来た。


 愛菜は小学生だが…それすら忘れてしまう程の美少女で、更に躾も整っていて、家事もこなす、文句の付けようが無い程の万能的。それは彼がマンションに来た時から分かっていた。しかし…寛としては、自由に暮らしたいのが、彼自身の生活スタイルだった。事実…1人で生活し始めて、その生き方で今まで生きていた。つまり…現在の彼の生活は、今まで野原を自由に駆け回っていたライフスタイルから、急に四方をフェンスに囲まれた生活環境にへと移り変わったのだった。


 今まで自由に走り回れていたのが、急にブレーキをかけられた…と、言うか。今まで普通に手の届く位置にあった物が、手に届きにくくなった様な感じがした。


 起きた愛菜はパジャマ姿で、キッチンへと向かい、味噌汁を作り、昨晩のうちに調理した食材をレンジで温めてテーブルに並べる。


 炊飯器も、時間予約でセットして置いた為、ふっくらとしたご飯が、お茶碗によそわれて、寛は母が生前だった頃以来の、久しぶりの家庭料理を見た。


 「朝ご飯、食べましょう。今日は忙しくなりそうだから」


 愛菜がお箸を並べて、席に着いた。


 「あ、ああ…」


 向かい側の席に寛が座り、2人は「いただきます」と、軽くお辞儀して、朝食を取る。


 彼は味噌汁を一口啜って(美味しい)と、感じた。


 「お味噌汁美味しいね」


 寛がそう言うと、愛菜は頰を紅潮させて俯きながら「あ…ありがとう」と、返事をする。


 それを見た寛は彼女はいわゆるツンデレか…と気付いた。


 「愛菜、照れて可愛いね」


 彼女を誘うような口調で言うと、愛菜はムスッとした表情になる…


 「そんなおだてには乗りませんよ!」

 と、彼女は言い返してきた。


 彼女が時折見せる態度に、少しチグハグな関係だな…と寛は感じた。


 月曜日の午前中、寛は仕事を有給休暇を取って、市役所と転校先の学校に転校の書類を出す為の準備を行なっていた。


 愛菜は身支度が出来て、着替えて部屋から出て来た。女児らしい、キュロットを穿き、Tシャツと上着、長い髪を垂らしたキャップ帽と…子供らしい格好で、衣装を整えて来た。


 「可愛いかしら?」


 彼女は寛の反応に期待を込めて尋ねる。


 「うん、まあ…別に良いんじゃない?」


 その言葉に愛菜は不機嫌そうな表情をする。


 「取り敢えず、出掛けよう」

 「ねえ…」


 玄関のドアを開けようとした時だった。愛菜が彼の腕を掴んで、ジッと彼を見つめる。


 「お出掛けの前のキスして」


 彼女は上目遣いで寛を見つめて言う。


 「え…何で?」

 「私達愛し合っているのでしょう?なら、お互いの愛の告白としてキスしましょう」


 寛は、困惑した。会社では常に上司として部下を引っ張っている男性が、昨日から一緒に暮らし始めた少女に、引っ張られて続けていた。そして…現在、彼女は、お出掛け前のキスまで要求して来た。


 相手が何処まで本気なのか分から無かった。(まあ、子供だしな…)と、そんな軽い気持ちで、仕方なく寛は軽くキスをする。


 チュ…


 軽い口づけをした愛菜は、ムッと不機嫌さが頂点に達して、帽子を取りリビングのソファーに座り込んでしまった。


 「おい、どうしたんだよ?」

 「私、出掛けないわ!貴方だけ勝手に市役所行って来て」

 「何でだよ?急に怒って」

 「だって、貴方…真剣に私の事考えてくれてないからよ。どうせ…私なんか成人したら、マンション出て行ってもらう程度に考えているのでしょう?今のキスでわかったわ。貴方に取って私は煩わしい人でしかないのよ!」


 寛は自分の内心を見られた様で困惑した。確かに彼女の言う通りだった。だけど…自分の方も色々と予定がある中で、せっかくの有給休暇だから、ここで時間を潰す訳には行かなかった。


 「なあ愛菜…」

 「来ないでよ!」


 彼女は目に涙を溜めた状態で言う。


 「あのね…僕なりに真剣に君の事を考えているんだよ」

 「私も真剣よ」


 子供だと思っていた少女の態度は、ある意味一般の女性と変わりは無かった。


 「私は本気で貴方を愛しているのよ、裸になって外出しろと言えば、私は裸で外に出る覚悟だってあるのよ。それだけ貴方の事を真剣に考えているのに…」

 「ま…まさか」


 寛が愛想笑いする表情を見て、愛菜は自分が嘘で無いことを証明する為にソファーから立ち上がり、上着を脱いでシャツとキュロットを脱ぎ始めた。


 あっさりと下着姿になってしまったところで「おい、止めろ!」と、寛は呼び止めた。


 正直、寛は愛菜に敵わないと感じ始めた。


 「君の真剣さは分かったよ。僕が悪かった…だから、こう言う事は、もうしないでくれ」

 「それなら…もう一度、真剣にキスをして」

 「はい、わかりました」


 寛はそっと、彼女の唇に、自分の唇を重ね合わせる。


 チュウ…


 濃厚で柔らかな感触が2人の間で交わる。


 少女は、全身をブルッと震わせて、無心で彼の身体に抱き着いた。


 寛が顔を離すと、頰を紅潮させてウットリとした表情の愛菜の顔を見えて(合格だったかな?)と、彼は思った。


 濃厚な口付けを交わされた少女はホワッとしばらく恍惚の様な表情を浮かべていた。しばらくして我に戻ると…


 「で、出かけましょう…」


 愛菜はそう言って衣服を着直して、準備を整える。


 寛が玄関のドアに手を掛ける時、彼女は反対の腕を両手で掴んで、華奢な体を擦り寄せた。


 「ちょっと、くっつき過ぎじゃないの?」

 「平気よ、私はこの格好でいたいのよ」


 嬉しそうに愛菜は言いながら、2人は部屋を出てエレベーターへと向かった。

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